サイトに載せるには短すぎる掌編や、会話文のみのSSSを主に載せています。
繁忙期にはサイト予備軍のSSも上がったり、上がらなかったり…。
作品傾向はサイトと同じくBASARAならサスダテ・サスコジュメイン。
他ジャンルならサイトに掲載しているジャンルが多めです。
何かご連絡ありましたら、この記事のコメントにでもどうぞ。
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(桐 拝)
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※リクエストが多かったので、その後の二人がどうなっているのか~というお話。
場所は新宿歌舞伎町―――多くの店がひしめくこの町の地下一階。Bar【bergolo(ベルゴロ)】は、相変らず静かな時間を刻んでいた。
店の中央に置かれたアクアリウムは直径30cmほどで、それが床から天井までをぶち抜いている光景に、大抵の客は目を瞠る。水槽の中を泳ぐのは、黒と白の熱帯魚。視界除けとして作ったオブジェだが、思った以上に好評で、提案した自分としても嬉しい限りである。
アクアリウムを避け、少し奥まった位置に据えられているカウンターの中でシェイカーを振るうのが、この店のマスターである猿飛佐助。
現在、佐助の年齢は二十五歳。政宗の前より逃げて、はや六年の月日が経っていた。
「―――よぉ、店の調子はどうだ?」
「いらっしゃいませ、元親さん」
派手な容姿を引っ提げて店の静寂を乱した男は、ざわついた気配に頓着する事もなく佐助がいるカウンター席に陣取る。古馴染みである男の印象は、出会った当初から変わることはない。
―――豪気。派手。強引。
およそ良い類のものではないが、それでも佐助はこの男―――長曾我部元親が好きだった。
「今日はお一人で?」
言外に「元就はどうした?」と聞けば、元親は露骨に眉を顰める。この様子では、いつもの如く仕事から逃げてきたのは間違いない。多忙を極める元就に知らせてやりたいのはやまやまだが、そんなことをすれば目の前の男からどんな報復を受けるか分からない。
苦笑するに留めた佐助は、元親がオーダーを出す前に、テーブルにグラスを滑らせる。重たいカットグラスに、綺麗に削られたアイスボールを浮かせたブランデーは、元親自らがこの店に仕入れたものだ。
元親は【bergolo】の常連客であると同時に、この店のオーナーでもある。
高校時代、次第に家に居るのが苦痛になってきた佐助が逃げ場にした場所。未成年ながら雇ってくれたクラブのオーナーが、偶然にもこの元親だったのだ。
元親は、三百人程度の組員を抱える指定暴力団、鬼道組の当代組長である。そんな大物が、佐助のどこを気に入ったのかは分からないが、店に来るたびに構いつけてくれるようになったことは、いまだ記憶に新しい。
政宗から逃げるしかなかった佐助には、後ろ盾と言われるようなものは何もなく。大学を中退したことに関しては踏ん切りもついたのだが、問題は生活費にあった。
アルバイト程度なら、なんとか身元を誤魔化して働けないこともなかったが、年齢が上がってゆくにつれ、それも次第に難しくなってくる。伊達の家から逃げる際に引き落とした全財産も、もうすぐで使い切ってしまいそうになっていたとき、ふいに元親の顔を思い出したのが始まりだった。
今まで一度として、極道になろうと思ったことなどなかったが、自分の義弟(おとうと)を己の欲のために穢すケダモノには、そんな職業が向いているように思えてならなかったのだと。音信不通だったことを元親に詰られ、根掘り葉掘り理由を聞き出された末、そう漏らした佐助を元親が嗤うことはなかった。
しかし、そんな理由で組入りしても、ただ腐って早死ぬのがオチだから、と。元親は佐助に働く場所を与えてくれた。
Bergolo―――「愚か者」という意味があるこの店は、佐助の過去への戒めに等しい。
大切で、愛おしくて仕方なかった存在を、自らの手で壊した罪。
何度もあの日の夢を見た。何度も遠い過去の夢を見た。そのたびに汗まみれで飛び起きて、震える体を嗤う日々。
いまだ色あせることなく思い出せる政宗の笑顔は、次の瞬間には最後に見た泣き顔へと変わってゆく。
「許さない」と泣き叫んで、ありったけの力で佐助の肩に爪を食い込ませていた、あの日。
あの日の傷は、どれほどの時が流れたとしても、消える事はないのだろう。政宗を忘れてしまわない限り。政宗への想いを断ち切らない限りは…。
「それよかよぉ、おまえ…知ってっか?」
「…妙に含みがある言い方ですね。面倒事は勘弁してくださいよ」
「可愛くねえ野郎だなぁ。―――まあ、良い。近頃、この辺りで俺の事務所の場所を聞きまわってる奴が居るらしいんだが…」
「元親さんのって言うと…鬼道組の組事務所ってことですよね? なんか悪いことでもしたんですか?」
「人聞きの悪ぃこと言うなっての。いかにも怪しい風体なら、俺もそれなりの対処はするが…。聞かれた奴の話じゃ、まだ若い野郎だって言うから気になって…な」
意味ありげに向けられる視線に、鼓動が跳ねる。
政宗と暮らしていた伊達の家は松濤の一等地に建っており、ここ新宿からそんなに離れているわけではない。けれど、この雑多な人の海の中で、そう簡単に出会うはずもないと高をくくって―――いや、本心では政宗の側から離れきってしまうのが怖かったことが仇になったのか、と。佐助は愉しげに唇を歪めている元親の顔を見る。
「背格好とかは…分かってるんですか?」
「大学生ぐらいの男で、細身。身長は170越えあたりで、黒髪を肩先近くまで伸ばしてる…そんなもんか?」
「……右目、」
「あん?」
「右目は、どうなってたか…聞いてます? 前髪で隠してた、とか…」
「…そうだって言ったらおまえ、どうするよ?」
「―――、……」
元親には、それこそ全てを話している。
母を愛人として囲っていた男の元に身を寄せたこと。そこで大切にできる人間と出逢ったこと。そして、最後には欲望に負けて、その存在を穢してしまったこと。
そんな元親が、わざわざこうして話しにきたのだから、信憑性など聞く必要もないだろう。
政宗に逢う―――そう考えただけで、足元からひんやりした空気がせり上がってくるような気さえする。けれど、それと同じほど強く、あの眩しい笑顔をもう一度見たいという気持ちすらあって。
困惑顔で俯いてしまった佐助に、元親は追い討ちをかけるようなことを言う。
「ま、俺んとこの奴らに聞いて回ってる程度なら、別に害はねえんだけどよ。…ここいらは、関東竜堂組の奴らとシマが重なってっからな。早く見つけて叱ってやらねえと、可愛い弟が痛い目見るかもしれねえぜ?」
「関東竜堂組って…、龍志会二次団体の……?」
「おう。組長の片倉は、穏健派で通っちゃいるが、ありゃキレると怖いタイプだろう」
「元親さんの組と、そこって…いま関係は…?」
「可もなく不可もなく、ってとこか? けど、いきなり捕まえられて他所の組の事務所の場所聞かれちゃあ、若い奴らにゃそれだけで火種になるかもな」
この町でやくざに突っかかるなど、酔っ払いか馬鹿がやることだが、実際にそれで一月に何人も怪我人が出ているのだ。政宗が、その一人にならないという補償はない。けれど、政宗を止めるということは、政宗本人に佐助が接触しなければならない。
元親がこうして釘を刺しに来ている以上、これ以上の手助けをしてくれるつもりはないのだろう。元親にとって佐助は、それだけの価値もなければ、それ相応の見返りを返せる立場に居る人間ではない。
「……元親さん」
「…よぉ、佐助。俺はおまえのことが気に入ってるから、こうして話を持ってきてやったんだ」
「……」
「俺を、失望させんなよ」
立ち上がり際、くしゃっと佐助の頭を乱してから、元親は店を出て行った。
からっとした性格の元親にとっては、佐助の行動はうじうじと陰気で、じれったくて堪らないのだろう。そこに現れたのが、現状を変えることの出来る爆弾(まさむね)だ。
あの元親が飛びつかないわけがない。
政宗の危険を教えてくれたことを喜べばいいのか。ようやく訪れ始めた平穏を壊されることを恨めばいいのか。もう、それさえもわからない。
葛藤ならば、これまで何度も繰り返してきた。
逢いたいと思っては、逢えるはずがないと絶望し。顔を見たいと思っては、その表情に浮ぶ侮蔑をも見ることになるかもしれないと痛心した。
『……さよなら、政宗』
全てを終わったことにしたくとも、世界はそれを許さない。
逃げてばかりの弱い自分を罰するのは、神か、それとも政宗か。
来る未来に想いを馳せて、佐助は一人昏い(くらい)嗤いを浮かべて思う。
本当に。政宗を貪ったあの瞬間に、この身が二つに裂けて朽ちればよかったのに―――、と。
場所は新宿歌舞伎町―――多くの店がひしめくこの町の地下一階。Bar【bergolo(ベルゴロ)】は、相変らず静かな時間を刻んでいた。
店の中央に置かれたアクアリウムは直径30cmほどで、それが床から天井までをぶち抜いている光景に、大抵の客は目を瞠る。水槽の中を泳ぐのは、黒と白の熱帯魚。視界除けとして作ったオブジェだが、思った以上に好評で、提案した自分としても嬉しい限りである。
アクアリウムを避け、少し奥まった位置に据えられているカウンターの中でシェイカーを振るうのが、この店のマスターである猿飛佐助。
現在、佐助の年齢は二十五歳。政宗の前より逃げて、はや六年の月日が経っていた。
「―――よぉ、店の調子はどうだ?」
「いらっしゃいませ、元親さん」
派手な容姿を引っ提げて店の静寂を乱した男は、ざわついた気配に頓着する事もなく佐助がいるカウンター席に陣取る。古馴染みである男の印象は、出会った当初から変わることはない。
―――豪気。派手。強引。
およそ良い類のものではないが、それでも佐助はこの男―――長曾我部元親が好きだった。
「今日はお一人で?」
言外に「元就はどうした?」と聞けば、元親は露骨に眉を顰める。この様子では、いつもの如く仕事から逃げてきたのは間違いない。多忙を極める元就に知らせてやりたいのはやまやまだが、そんなことをすれば目の前の男からどんな報復を受けるか分からない。
苦笑するに留めた佐助は、元親がオーダーを出す前に、テーブルにグラスを滑らせる。重たいカットグラスに、綺麗に削られたアイスボールを浮かせたブランデーは、元親自らがこの店に仕入れたものだ。
元親は【bergolo】の常連客であると同時に、この店のオーナーでもある。
高校時代、次第に家に居るのが苦痛になってきた佐助が逃げ場にした場所。未成年ながら雇ってくれたクラブのオーナーが、偶然にもこの元親だったのだ。
元親は、三百人程度の組員を抱える指定暴力団、鬼道組の当代組長である。そんな大物が、佐助のどこを気に入ったのかは分からないが、店に来るたびに構いつけてくれるようになったことは、いまだ記憶に新しい。
政宗から逃げるしかなかった佐助には、後ろ盾と言われるようなものは何もなく。大学を中退したことに関しては踏ん切りもついたのだが、問題は生活費にあった。
アルバイト程度なら、なんとか身元を誤魔化して働けないこともなかったが、年齢が上がってゆくにつれ、それも次第に難しくなってくる。伊達の家から逃げる際に引き落とした全財産も、もうすぐで使い切ってしまいそうになっていたとき、ふいに元親の顔を思い出したのが始まりだった。
今まで一度として、極道になろうと思ったことなどなかったが、自分の義弟(おとうと)を己の欲のために穢すケダモノには、そんな職業が向いているように思えてならなかったのだと。音信不通だったことを元親に詰られ、根掘り葉掘り理由を聞き出された末、そう漏らした佐助を元親が嗤うことはなかった。
しかし、そんな理由で組入りしても、ただ腐って早死ぬのがオチだから、と。元親は佐助に働く場所を与えてくれた。
Bergolo―――「愚か者」という意味があるこの店は、佐助の過去への戒めに等しい。
大切で、愛おしくて仕方なかった存在を、自らの手で壊した罪。
何度もあの日の夢を見た。何度も遠い過去の夢を見た。そのたびに汗まみれで飛び起きて、震える体を嗤う日々。
いまだ色あせることなく思い出せる政宗の笑顔は、次の瞬間には最後に見た泣き顔へと変わってゆく。
「許さない」と泣き叫んで、ありったけの力で佐助の肩に爪を食い込ませていた、あの日。
あの日の傷は、どれほどの時が流れたとしても、消える事はないのだろう。政宗を忘れてしまわない限り。政宗への想いを断ち切らない限りは…。
「それよかよぉ、おまえ…知ってっか?」
「…妙に含みがある言い方ですね。面倒事は勘弁してくださいよ」
「可愛くねえ野郎だなぁ。―――まあ、良い。近頃、この辺りで俺の事務所の場所を聞きまわってる奴が居るらしいんだが…」
「元親さんのって言うと…鬼道組の組事務所ってことですよね? なんか悪いことでもしたんですか?」
「人聞きの悪ぃこと言うなっての。いかにも怪しい風体なら、俺もそれなりの対処はするが…。聞かれた奴の話じゃ、まだ若い野郎だって言うから気になって…な」
意味ありげに向けられる視線に、鼓動が跳ねる。
政宗と暮らしていた伊達の家は松濤の一等地に建っており、ここ新宿からそんなに離れているわけではない。けれど、この雑多な人の海の中で、そう簡単に出会うはずもないと高をくくって―――いや、本心では政宗の側から離れきってしまうのが怖かったことが仇になったのか、と。佐助は愉しげに唇を歪めている元親の顔を見る。
「背格好とかは…分かってるんですか?」
「大学生ぐらいの男で、細身。身長は170越えあたりで、黒髪を肩先近くまで伸ばしてる…そんなもんか?」
「……右目、」
「あん?」
「右目は、どうなってたか…聞いてます? 前髪で隠してた、とか…」
「…そうだって言ったらおまえ、どうするよ?」
「―――、……」
元親には、それこそ全てを話している。
母を愛人として囲っていた男の元に身を寄せたこと。そこで大切にできる人間と出逢ったこと。そして、最後には欲望に負けて、その存在を穢してしまったこと。
そんな元親が、わざわざこうして話しにきたのだから、信憑性など聞く必要もないだろう。
政宗に逢う―――そう考えただけで、足元からひんやりした空気がせり上がってくるような気さえする。けれど、それと同じほど強く、あの眩しい笑顔をもう一度見たいという気持ちすらあって。
困惑顔で俯いてしまった佐助に、元親は追い討ちをかけるようなことを言う。
「ま、俺んとこの奴らに聞いて回ってる程度なら、別に害はねえんだけどよ。…ここいらは、関東竜堂組の奴らとシマが重なってっからな。早く見つけて叱ってやらねえと、可愛い弟が痛い目見るかもしれねえぜ?」
「関東竜堂組って…、龍志会二次団体の……?」
「おう。組長の片倉は、穏健派で通っちゃいるが、ありゃキレると怖いタイプだろう」
「元親さんの組と、そこって…いま関係は…?」
「可もなく不可もなく、ってとこか? けど、いきなり捕まえられて他所の組の事務所の場所聞かれちゃあ、若い奴らにゃそれだけで火種になるかもな」
この町でやくざに突っかかるなど、酔っ払いか馬鹿がやることだが、実際にそれで一月に何人も怪我人が出ているのだ。政宗が、その一人にならないという補償はない。けれど、政宗を止めるということは、政宗本人に佐助が接触しなければならない。
元親がこうして釘を刺しに来ている以上、これ以上の手助けをしてくれるつもりはないのだろう。元親にとって佐助は、それだけの価値もなければ、それ相応の見返りを返せる立場に居る人間ではない。
「……元親さん」
「…よぉ、佐助。俺はおまえのことが気に入ってるから、こうして話を持ってきてやったんだ」
「……」
「俺を、失望させんなよ」
立ち上がり際、くしゃっと佐助の頭を乱してから、元親は店を出て行った。
からっとした性格の元親にとっては、佐助の行動はうじうじと陰気で、じれったくて堪らないのだろう。そこに現れたのが、現状を変えることの出来る爆弾(まさむね)だ。
あの元親が飛びつかないわけがない。
政宗の危険を教えてくれたことを喜べばいいのか。ようやく訪れ始めた平穏を壊されることを恨めばいいのか。もう、それさえもわからない。
葛藤ならば、これまで何度も繰り返してきた。
逢いたいと思っては、逢えるはずがないと絶望し。顔を見たいと思っては、その表情に浮ぶ侮蔑をも見ることになるかもしれないと痛心した。
『……さよなら、政宗』
全てを終わったことにしたくとも、世界はそれを許さない。
逃げてばかりの弱い自分を罰するのは、神か、それとも政宗か。
来る未来に想いを馳せて、佐助は一人昏い(くらい)嗤いを浮かべて思う。
本当に。政宗を貪ったあの瞬間に、この身が二つに裂けて朽ちればよかったのに―――、と。
上から振り下りてくる視線が、とても痛い。
形容するなら、包丁のような鋭さ―――だろうか。問題なのは、それが形容だけで済めば良いが、時折彼は本当に包丁を持ち出すところだろう。今も、視線を上げればそこにキラリと光るもの見つけてしまいそうで怖くてたまらない。……いや、ほんとうもう、冗談ではなく。
「おい、黙ってねえで何とか言えや、クソ猿」
ちらり、と恐怖心を押さえ込んで頭上の人物を見上げれば、それは見事な仏頂面……もとい夜叉を背負ったお方。
彼の名は片倉小十郎―――正真正銘、最愛の妻と呼べる人だ……けれども。世でも問題視されているDVを推奨しているようなこのお方に、俺は一体どういう言い訳をすれば許して頂けるのだろうか。
否、言い訳どころか今回は完全な濡れ衣なのだ。
毎度毎度、この人に余計なことを吹き込んでくれる通称『伊達御三家』の面々が、また良からぬ事をこの人に告げたに違いない。なぜなら、俺には一切心当たりが無いことを責められているからだ。
「『また遊びに来てね。優子』だと。……どこの優子ちゃんかは知らねえが、舐めた真似してくれたなあ、オイ」
「や、だから……っ! 本当に知らないんですって!!」
「知らねえだあ? 今日、部屋の掃除をしてた成実が、てめえのスーツから出てきたって証言してんだぞ? しらばっくれてんじゃねえよ、クソッタレが」
「いやいやいやいや! まずそこから疑ってよ、小十郎さん!! あの成実さんだよっ? 嘘っぱちの可能性のが高いじゃん!!」
「……てめえ、俺の身内にケチ付ける気か?」
「い、いえ…っ! 滅相も無いんですけれども……!!!」
それは濡れ衣っ! と訴える声など、きっと頭に血が昇ったこの人には届いていない。だって、眼が怖い。本気で怖い。ちょっととは言えないその昔、敵対している組に一杯食わされた時とまったく同じ顔してるよ、小十郎さん。あなたの目から見た俺は、討ち入りに失敗して捕えられた馬鹿な鉄砲玉ですか?
「……あっ、そうだ! その子に電話して確かめるってのは?」
ふいに思いついた手段を告げれば、面倒臭そうに小十郎の片眉だけが器用に上がる。
「ほう? それだけ自信があるってことか?」
「つか、俺無実だし……。俺が小十郎さん一筋なのは、良く知ってるでしょう?」
「……どうだかな、」
ふう、と大きな溜息を漏らしながらも小十郎は自分の携帯を手にしている。ようするに電話を掛けてみることにしたのだろう。何はともあれ、これでおれの無実が確かめられれば、今日こそは奥さんが実家へと駆け込むことはなかろうと―――考えていた俺が馬鹿だった。
「ああ、……そうか。仕事中、邪魔したな」
強面に似合わずフェミニスト気味の小十郎さんは、先ほどまで俺に向けていた刺々しい声とは打って変わった落ち着いた声で電話を締めくくる。その表情を見れば、結果は……良好…………あれ?
気のせいか、もの凄く怖い顔をしていらっしゃるんですけれども。あれ、なんで? 俺の無罪は決定されたんじゃなかったの!?
ほんの少し夜叉を背負ったお方に睨み据えられてチビりそうになっていた俺は、震える声をなんとか押さえつけてお伺いを立ててみる。いや、本当に怖いんだよ、この人の顔。良く俺結婚したなって、ちょっと昔の自分を尊敬。
「ええ、と。小十郎サン……?」
「先週の金曜と、そのまた先週の土曜日。お世話になりましたぁ……だとよ」
「……ハイ?」
「浮気決定、だな」
「はぃいいいい?!」
ありえない!! と叫ぶ間もない。
愛しい奥方様の手に握られているのは、紛れもなく今夜の晩飯の際にも使用されたのだろう包丁が……。―――毎夜楽しげにそれを研いでいるのは、この使用目的のためでは無いと思いたい。今後の生活のためにも。もとい俺の精神衛生上のためにも!
「知ってるか、クソ猿。俺たちの世界じゃな、不始末を仕出かした奴はケジメとしてその体の一部を謝罪の形として親分に差し出すんだ」
「そ、それが……如何なさいましたでしょうか?」
「手前さんもよ、仮にも極道だった俺を嫁に貰ったんだ。そんくらい遣り遂げる覚悟はあるよなあ……?」
「むっ、無理……!! ってか、俺は無実だってば!!」
「さっき優子ちゃんが直々にてめえの名前を言ったってのにしらばっくれんのか、ああ?!」
「い、陰謀です! きっとその子、伊達さんと繋がってるって!!」
そうなのである。知らない女の子といつの間にか出来てしまった縁。そんなもの、あの伊達御三家の陰謀に違いない。……というか、本当に優子ちゃんって誰よ。
「猿飛ィ、俺ぁな……ここまで来んのに、これでも結構悩んだんだよ」
「う、うん……知ってるけど、」
「そんな俺に、てめえは言ったよな? 絶対に後悔させねえって、そう……言ったよな?」
「い、言いました」
最愛の人が、怒気に少しの悲しみを混ぜた声で呟かれれば、それは慌てる。
「なのに、俺は後悔しっぱなしだ……。そりゃあ、な。てめえと契って良かったと思うことも、無くは無い。だがな、猿飛。浮気だけは許せねえ……」
「だから……! してませんって!!」
「ケジメ、今付けてみせろや。てめえも客商売だからな。指がなきゃ何かと不便だろう。だから……」
ごくり、と喉が鳴る。主に恐怖で。
「……てめえのナニ、ちょん切って俺に捧げろや」
「はぃいいいいいい?!」
嘘。マジ? 本気ですか、小十郎サン……って、本気に決まってるんですけれども、それは何と言うのか、何と言うのか……!!
「こっこれが無くなったら、小十郎さんだって困るデショ?!」
「困らねえな。俺は色に執着はねえし、それでてめえの浮気癖が治るんなら安いもんだ」
「むむむむ、むりです!!! 長年連れ添ってきた息子と別れるなんて……とても!!!」
「今は俺という連れ添いが居るんだから、かまわねえだろう?」
「ちょ、いやっ、ほんと勘弁し――ぎゃぁああああ!!」
その日、マンションに轟いた絶叫に隣の部屋に待機していた伊達御三家の面々が酷く楽しげな笑みを浮かべていたのは言うまでも無い。
……追伸。なんとか息子は死守しましたが、お小遣いは全面カットな方向のようです。くすん。
形容するなら、包丁のような鋭さ―――だろうか。問題なのは、それが形容だけで済めば良いが、時折彼は本当に包丁を持ち出すところだろう。今も、視線を上げればそこにキラリと光るもの見つけてしまいそうで怖くてたまらない。……いや、ほんとうもう、冗談ではなく。
「おい、黙ってねえで何とか言えや、クソ猿」
ちらり、と恐怖心を押さえ込んで頭上の人物を見上げれば、それは見事な仏頂面……もとい夜叉を背負ったお方。
彼の名は片倉小十郎―――正真正銘、最愛の妻と呼べる人だ……けれども。世でも問題視されているDVを推奨しているようなこのお方に、俺は一体どういう言い訳をすれば許して頂けるのだろうか。
否、言い訳どころか今回は完全な濡れ衣なのだ。
毎度毎度、この人に余計なことを吹き込んでくれる通称『伊達御三家』の面々が、また良からぬ事をこの人に告げたに違いない。なぜなら、俺には一切心当たりが無いことを責められているからだ。
「『また遊びに来てね。優子』だと。……どこの優子ちゃんかは知らねえが、舐めた真似してくれたなあ、オイ」
「や、だから……っ! 本当に知らないんですって!!」
「知らねえだあ? 今日、部屋の掃除をしてた成実が、てめえのスーツから出てきたって証言してんだぞ? しらばっくれてんじゃねえよ、クソッタレが」
「いやいやいやいや! まずそこから疑ってよ、小十郎さん!! あの成実さんだよっ? 嘘っぱちの可能性のが高いじゃん!!」
「……てめえ、俺の身内にケチ付ける気か?」
「い、いえ…っ! 滅相も無いんですけれども……!!!」
それは濡れ衣っ! と訴える声など、きっと頭に血が昇ったこの人には届いていない。だって、眼が怖い。本気で怖い。ちょっととは言えないその昔、敵対している組に一杯食わされた時とまったく同じ顔してるよ、小十郎さん。あなたの目から見た俺は、討ち入りに失敗して捕えられた馬鹿な鉄砲玉ですか?
「……あっ、そうだ! その子に電話して確かめるってのは?」
ふいに思いついた手段を告げれば、面倒臭そうに小十郎の片眉だけが器用に上がる。
「ほう? それだけ自信があるってことか?」
「つか、俺無実だし……。俺が小十郎さん一筋なのは、良く知ってるでしょう?」
「……どうだかな、」
ふう、と大きな溜息を漏らしながらも小十郎は自分の携帯を手にしている。ようするに電話を掛けてみることにしたのだろう。何はともあれ、これでおれの無実が確かめられれば、今日こそは奥さんが実家へと駆け込むことはなかろうと―――考えていた俺が馬鹿だった。
「ああ、……そうか。仕事中、邪魔したな」
強面に似合わずフェミニスト気味の小十郎さんは、先ほどまで俺に向けていた刺々しい声とは打って変わった落ち着いた声で電話を締めくくる。その表情を見れば、結果は……良好…………あれ?
気のせいか、もの凄く怖い顔をしていらっしゃるんですけれども。あれ、なんで? 俺の無罪は決定されたんじゃなかったの!?
ほんの少し夜叉を背負ったお方に睨み据えられてチビりそうになっていた俺は、震える声をなんとか押さえつけてお伺いを立ててみる。いや、本当に怖いんだよ、この人の顔。良く俺結婚したなって、ちょっと昔の自分を尊敬。
「ええ、と。小十郎サン……?」
「先週の金曜と、そのまた先週の土曜日。お世話になりましたぁ……だとよ」
「……ハイ?」
「浮気決定、だな」
「はぃいいいい?!」
ありえない!! と叫ぶ間もない。
愛しい奥方様の手に握られているのは、紛れもなく今夜の晩飯の際にも使用されたのだろう包丁が……。―――毎夜楽しげにそれを研いでいるのは、この使用目的のためでは無いと思いたい。今後の生活のためにも。もとい俺の精神衛生上のためにも!
「知ってるか、クソ猿。俺たちの世界じゃな、不始末を仕出かした奴はケジメとしてその体の一部を謝罪の形として親分に差し出すんだ」
「そ、それが……如何なさいましたでしょうか?」
「手前さんもよ、仮にも極道だった俺を嫁に貰ったんだ。そんくらい遣り遂げる覚悟はあるよなあ……?」
「むっ、無理……!! ってか、俺は無実だってば!!」
「さっき優子ちゃんが直々にてめえの名前を言ったってのにしらばっくれんのか、ああ?!」
「い、陰謀です! きっとその子、伊達さんと繋がってるって!!」
そうなのである。知らない女の子といつの間にか出来てしまった縁。そんなもの、あの伊達御三家の陰謀に違いない。……というか、本当に優子ちゃんって誰よ。
「猿飛ィ、俺ぁな……ここまで来んのに、これでも結構悩んだんだよ」
「う、うん……知ってるけど、」
「そんな俺に、てめえは言ったよな? 絶対に後悔させねえって、そう……言ったよな?」
「い、言いました」
最愛の人が、怒気に少しの悲しみを混ぜた声で呟かれれば、それは慌てる。
「なのに、俺は後悔しっぱなしだ……。そりゃあ、な。てめえと契って良かったと思うことも、無くは無い。だがな、猿飛。浮気だけは許せねえ……」
「だから……! してませんって!!」
「ケジメ、今付けてみせろや。てめえも客商売だからな。指がなきゃ何かと不便だろう。だから……」
ごくり、と喉が鳴る。主に恐怖で。
「……てめえのナニ、ちょん切って俺に捧げろや」
「はぃいいいいいい?!」
嘘。マジ? 本気ですか、小十郎サン……って、本気に決まってるんですけれども、それは何と言うのか、何と言うのか……!!
「こっこれが無くなったら、小十郎さんだって困るデショ?!」
「困らねえな。俺は色に執着はねえし、それでてめえの浮気癖が治るんなら安いもんだ」
「むむむむ、むりです!!! 長年連れ添ってきた息子と別れるなんて……とても!!!」
「今は俺という連れ添いが居るんだから、かまわねえだろう?」
「ちょ、いやっ、ほんと勘弁し――ぎゃぁああああ!!」
その日、マンションに轟いた絶叫に隣の部屋に待機していた伊達御三家の面々が酷く楽しげな笑みを浮かべていたのは言うまでも無い。
……追伸。なんとか息子は死守しましたが、お小遣いは全面カットな方向のようです。くすん。