「―――私に触れるな」
パシン、と。冷たい音と共に拒絶された指が、震える。
寒さに耐えかねるかのようにカタカタと小さく揺れ、雪のように白く染まってゆく。
何が。自分の何が、兄から拒絶されるのだろう。
自分はただ、兄を慕っているだけなのに。足元がぐらつくような恐怖に侵されて、縋るように指先を伸ばしただけなのに。
兄は冷たいレンズの先、何の感情も湛えない瞳で自分を見下ろして、何もかもを拒絶するように背を向けて去ってゆく。
その背中に手を伸ばしたいのに。待ってくれと声をかけてしまいたいのに。再び叩き付けられるかもしれない恐怖に身が竦んで、喉が締まる。
「諒、にいちゃ……」
掠れて消えかけた声が耳に届いて、駄目だと思いつつも振り返る。
そこには憐れなほどに怯えた子どもの瞳があって、諒は無感情を装うことに苦労しながら、冷めた声で弟へと警告した。
「すぐにこの街から出て行け」
その身に危険が降りかかる前に。
この街から、自分の前から。早く姿を消してくれ。
「わかったな―――、慎」
「……ッ」
その身へと貼り付いてしまいそうになる視線を無理矢理剥がし、感情の揺らぎを悟られないように足早に弟との距離を置いてゆく。
どれほど傷ついた表情を見せられようとも、自分には弟を慰撫してやることなどできない。
弟を傷つけているのは、自身の存在そのものなのに加えて、自分は弟には明かせない薄汚い感情を抱えてしまっている。
だからこそ、はやくここから逃げ出して欲しい。
その身が傷ついてしまう前に。
―――自分が、その身を傷つけてしまう前に……
パシン、と。冷たい音と共に拒絶された指が、震える。
寒さに耐えかねるかのようにカタカタと小さく揺れ、雪のように白く染まってゆく。
何が。自分の何が、兄から拒絶されるのだろう。
自分はただ、兄を慕っているだけなのに。足元がぐらつくような恐怖に侵されて、縋るように指先を伸ばしただけなのに。
兄は冷たいレンズの先、何の感情も湛えない瞳で自分を見下ろして、何もかもを拒絶するように背を向けて去ってゆく。
その背中に手を伸ばしたいのに。待ってくれと声をかけてしまいたいのに。再び叩き付けられるかもしれない恐怖に身が竦んで、喉が締まる。
「諒、にいちゃ……」
掠れて消えかけた声が耳に届いて、駄目だと思いつつも振り返る。
そこには憐れなほどに怯えた子どもの瞳があって、諒は無感情を装うことに苦労しながら、冷めた声で弟へと警告した。
「すぐにこの街から出て行け」
その身に危険が降りかかる前に。
この街から、自分の前から。早く姿を消してくれ。
「わかったな―――、慎」
「……ッ」
その身へと貼り付いてしまいそうになる視線を無理矢理剥がし、感情の揺らぎを悟られないように足早に弟との距離を置いてゆく。
どれほど傷ついた表情を見せられようとも、自分には弟を慰撫してやることなどできない。
弟を傷つけているのは、自身の存在そのものなのに加えて、自分は弟には明かせない薄汚い感情を抱えてしまっている。
だからこそ、はやくここから逃げ出して欲しい。
その身が傷ついてしまう前に。
―――自分が、その身を傷つけてしまう前に……
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「―――てめえか。ここいらで荒稼ぎしてる伊達政宗っていうガキは」
「……誰だ、てめえ?」
燻らせていた紫煙を足元で捩じ消して見上げた先。いかにも荒くれ者といった風情の男二人を背後に携えた精悍な顔つきをした男が、厭そうに顔を顰めているのが見えた。
「先にてめえが答えな。伊達政宗だな?」
「……ああ。俺以外にそういう名前の奴が居ねえんなら、そうだろうな」
体のラインに合ったダークスーツに、高級そうな腕時計。ぴかぴかに磨き上げられた革靴に、男の職業を表すように誂えられた左頬の刀傷。この薄汚い界隈で見つける男のようななりをした人間の職業など、聞かなくても想像がつく。
「……で? てめえは、どこのどなたさんだよ」
男の背後に控えるチンピラが殺気立つのにも構わず揶揄すれば、苦みばしっていた男の表情に薄い笑みが浮く。それは冷徹というよりむしろ、馴染み易いものを感じさせる微笑だった。
「龍志会・東京支部支部長、片倉小十郎。……以後、お見知りおきを」
その表情のまま告げられた組織は、この界隈で最も幅を利かせている広域指定暴力団のものだ。―――なるほど。勝手にシマ内で商売をしている自分から、みかじめ料を請求するか、商売の停止を言い渡しに来たのだろう。
この世界では力と金が物を言う。
力もなにもない人間が、勝手に金を生み出せるほど、お優しい街ではないということだ。政宗は冷たい笑みを口の端に乗せて、小さく嗤う。
こんな面倒なことが起こるのならば、以前使われていた組織にでもそのまま属しておけば良かった。この身一つ自由にならない閉塞感には吐き気がする。再び巡らせた視線の先で、じっとこちらを眺めていた男の視線と己のそれが絡んで繋がる。
政宗は薄笑いを引っ込めて、男―――片倉小十郎の言葉を待った。
この仕事を奪われてしまっては、政宗の生活は立ち行かなくなってしまう。政宗は束縛を厭って、同じ客を複数回とることは少ない。新規の客を取るには、こうして街角で己を売ってゆくしかないのだ。
冷たくも鋭い政宗の視線を悠々と受けていた小十郎は、ふっと小さく笑みを漏らすと、己の胸ポケットから代紋と思しき刻印された名刺ケースを取り出し、その中の一枚を政宗へと差し出してくる。意味を問うように見上げれば、どこか愉しげな男の表情。政宗は煩わしげに眉を寄せつつも、小十郎が口を開くのを待った。
「おまえみてえに生意気な眼をする奴は嫌いじゃあねえ。どうしても仕事がしてえなら、俺が面倒見てやるよ」
「……その条件は?」
「ひとまず、立ちんぼなんていう鬱陶しい真似はやめることだな。俺のシマで勝手なことをしてもらっちゃあ困る」
言外に好意だけでそんなことを言っているのではなかろうと告げれば、小十郎も笑みをなくすことなく返す。
「近頃は、おまえみたいな生意気なガキが好きで仕方ねえ連中も多くてな。ちょうど、使えそうなガキを探してたところだ」
「俺はてめえのお眼鏡に叶ったっていうことか?」
「ああ、言葉遣いはなっちゃいねえが、それは追々教えてやる。てめえみたいなガキは放って置くと碌なことをしやがらねえ。自分の手の届く範囲に置いておいたほうが、まだマシだ」
小十郎は一向に名刺を受け取ろうとしない政宗の胸ポケットへと名刺を落すと、未練など感じさせない足取りで雑踏の中へと消えてゆく。
意識しない内に取り出した男の名刺には、政宗などには勿体無さ過ぎるプライベートナンバーが書き記され、男の名前と共に組事務所と思しき住所が記されていた。
「……片倉小十郎、か」
思わぬところで繋がった縁。人間関係に疎い自分には、小十郎との間で結ばれた縁にどんな名を付ければ良いかなどわからない―――けれど、気まぐれのように差し出された男の行為は、なぜか酷く暖かくて。
政宗は白い息を吐き出しながら、印刷された男の名前を指でなぞった。
おそらく近いうちに再び出会うことになるであろう、男の名前を。
「……誰だ、てめえ?」
燻らせていた紫煙を足元で捩じ消して見上げた先。いかにも荒くれ者といった風情の男二人を背後に携えた精悍な顔つきをした男が、厭そうに顔を顰めているのが見えた。
「先にてめえが答えな。伊達政宗だな?」
「……ああ。俺以外にそういう名前の奴が居ねえんなら、そうだろうな」
体のラインに合ったダークスーツに、高級そうな腕時計。ぴかぴかに磨き上げられた革靴に、男の職業を表すように誂えられた左頬の刀傷。この薄汚い界隈で見つける男のようななりをした人間の職業など、聞かなくても想像がつく。
「……で? てめえは、どこのどなたさんだよ」
男の背後に控えるチンピラが殺気立つのにも構わず揶揄すれば、苦みばしっていた男の表情に薄い笑みが浮く。それは冷徹というよりむしろ、馴染み易いものを感じさせる微笑だった。
「龍志会・東京支部支部長、片倉小十郎。……以後、お見知りおきを」
その表情のまま告げられた組織は、この界隈で最も幅を利かせている広域指定暴力団のものだ。―――なるほど。勝手にシマ内で商売をしている自分から、みかじめ料を請求するか、商売の停止を言い渡しに来たのだろう。
この世界では力と金が物を言う。
力もなにもない人間が、勝手に金を生み出せるほど、お優しい街ではないということだ。政宗は冷たい笑みを口の端に乗せて、小さく嗤う。
こんな面倒なことが起こるのならば、以前使われていた組織にでもそのまま属しておけば良かった。この身一つ自由にならない閉塞感には吐き気がする。再び巡らせた視線の先で、じっとこちらを眺めていた男の視線と己のそれが絡んで繋がる。
政宗は薄笑いを引っ込めて、男―――片倉小十郎の言葉を待った。
この仕事を奪われてしまっては、政宗の生活は立ち行かなくなってしまう。政宗は束縛を厭って、同じ客を複数回とることは少ない。新規の客を取るには、こうして街角で己を売ってゆくしかないのだ。
冷たくも鋭い政宗の視線を悠々と受けていた小十郎は、ふっと小さく笑みを漏らすと、己の胸ポケットから代紋と思しき刻印された名刺ケースを取り出し、その中の一枚を政宗へと差し出してくる。意味を問うように見上げれば、どこか愉しげな男の表情。政宗は煩わしげに眉を寄せつつも、小十郎が口を開くのを待った。
「おまえみてえに生意気な眼をする奴は嫌いじゃあねえ。どうしても仕事がしてえなら、俺が面倒見てやるよ」
「……その条件は?」
「ひとまず、立ちんぼなんていう鬱陶しい真似はやめることだな。俺のシマで勝手なことをしてもらっちゃあ困る」
言外に好意だけでそんなことを言っているのではなかろうと告げれば、小十郎も笑みをなくすことなく返す。
「近頃は、おまえみたいな生意気なガキが好きで仕方ねえ連中も多くてな。ちょうど、使えそうなガキを探してたところだ」
「俺はてめえのお眼鏡に叶ったっていうことか?」
「ああ、言葉遣いはなっちゃいねえが、それは追々教えてやる。てめえみたいなガキは放って置くと碌なことをしやがらねえ。自分の手の届く範囲に置いておいたほうが、まだマシだ」
小十郎は一向に名刺を受け取ろうとしない政宗の胸ポケットへと名刺を落すと、未練など感じさせない足取りで雑踏の中へと消えてゆく。
意識しない内に取り出した男の名刺には、政宗などには勿体無さ過ぎるプライベートナンバーが書き記され、男の名前と共に組事務所と思しき住所が記されていた。
「……片倉小十郎、か」
思わぬところで繋がった縁。人間関係に疎い自分には、小十郎との間で結ばれた縁にどんな名を付ければ良いかなどわからない―――けれど、気まぐれのように差し出された男の行為は、なぜか酷く暖かくて。
政宗は白い息を吐き出しながら、印刷された男の名前を指でなぞった。
おそらく近いうちに再び出会うことになるであろう、男の名前を。
「よ,ネギボウズ」
「・・・・・ちょ・・・勘弁してよ元親さん。子供の云うことなんだからさぁ・・・って匂い嗅がない!」
「なんかネギ臭くねぇ?」
「何これ,新手の苛めデスか?」
「はは冗談だっつーの。しっかしお前ン家はホント飽きねぇなぁ。梓の話聞いてるだけで十分面白いぜ?」
「・・・若しかして何でもかんでもアンタに云ってたりすんの!? ・・・嗚呼,あーちゃん勘弁してくれ」
「だってお前,ホウレンソウは常識だろうが」
「はあ?」
「報告連絡相談! ホウ・レン・ソウ!」
「保育園児にそういう教育するの止めてくださいマジで」
「ばっかお前な,判る子供のが珍しいんだろうが。そういう意味じゃお前ン家の二人は賢いってことだな」
「え,そうかな。俺に似た? いや小十郎サンかなぁ。はっは~」
「じゃあそういうことで早く帰れよ。邪魔だから」
「!! (話すり替えられた俺!?)」
「・・・・・ちょ・・・勘弁してよ元親さん。子供の云うことなんだからさぁ・・・って匂い嗅がない!」
「なんかネギ臭くねぇ?」
「何これ,新手の苛めデスか?」
「はは冗談だっつーの。しっかしお前ン家はホント飽きねぇなぁ。梓の話聞いてるだけで十分面白いぜ?」
「・・・若しかして何でもかんでもアンタに云ってたりすんの!? ・・・嗚呼,あーちゃん勘弁してくれ」
「だってお前,ホウレンソウは常識だろうが」
「はあ?」
「報告連絡相談! ホウ・レン・ソウ!」
「保育園児にそういう教育するの止めてくださいマジで」
「ばっかお前な,判る子供のが珍しいんだろうが。そういう意味じゃお前ン家の二人は賢いってことだな」
「え,そうかな。俺に似た? いや小十郎サンかなぁ。はっは~」
「じゃあそういうことで早く帰れよ。邪魔だから」
「!! (話すり替えられた俺!?)」