以前サイトに連載していた作品。
連載中止して、サイトからは下げてしまったのでこちらへ移動しました。
なので未完。あしからず。
久しぶりに踏み込んだ空間は適度に懐かしく、適度に新たな装いを見せていた。
別にここが故郷であるわけでは無いし、変わってしまった所で嘆きはしない。だが、どこか懐かしい空間は昔を思い出させて、伊達は小さく息を吐いた。
伊達が以前ここを訪れたのは5年近く前だ。
職業柄、場所を転々と移す伊達にはただの止まり木であったはずなのに、何故か記憶から消し去れないこのバーは己にとって何なのだろう。
聞き飽きたポピュラーミュージックに、耳につく軋みを鳴らしながらぎこちなく回るプロペラ。
客はカウンターに一人とテーブルにバラけて五人。店の半分も埋まっていないはずなのに、どこか満足げなこのバーにはお似合いな寂れた空気があたりを漂っている。
自分もその世界の一員になるのだと思うと正直苦笑が漏れそうだが、嫌ではない。それどころか、心地よさすら感じる自分の思考の不思議さに呆れながら伊達は客の顔を検分した後、カウンターに座る男の隣に腰掛けた。
「Blue Mondey. 」
"月曜日の憂鬱"と云う名のカクテルを頼めば、隣の男はチラりと伊達を見遣ったが、その意味を知る伊達はそ知らぬ顔でバーテンの振るシェイカーへと視線を移してしまう。
伊達がここ―――アメリカに来たのは、興味のある組織が居たからだ。
見えないとよく揶揄されるが、伊達はフリーのジャーナリストを生業とし、生活費を稼いでいる。
元々メディア関連の職種に就きたいと思っていたわけでは無いのだが、小さいころから自分の見たものしか信じず、気になる情報は己の手で調べていた伊達にはこの業界の水があったのだろう。
善悪問わず、己の興味のある事柄を独特の切り口で解析する伊達の記事は一時メディア界で密かな話題を呼び、当時よりフリーで働いていた伊達には出版社からの専属オファーが後を絶たなかった。
だが、元より組織として群れる事を好まない伊達は一切を断り、相変らず己の書きたいものを適した出版社に売り込むというスタイルを崩さない。
そんな伊達の所に先日舞い込んで来た情報が今回の調査対象。アメリカで密かに話題になっている民間テロ組織――――オメルタだ。
オメルタ。"沈黙の掟"を意味する組織名を名乗るその団体は50人前後の構成員で成っており、小規模の爆破テロ、あるいは強奪、殺人などと言った行為でアメリカに名を響かせつつある。
だが、そんな組織アメリカには腐るほどあるし、オメルタだけが特別なわけでは無い。伊達が何より興味を惹かれたのは、この団体の攻撃対象が限定されているという点だ。
オメルタは民間テロ組織と言っても、「政府」を相手にテロ活動を行っているのではない。その点「テロ集団」と云うには語弊があるのかも知れないが、デモなどと云う生易しい行動を取っていないのだから仕方ない。
彼らが狙うのは常にある組織の影。アメリカを裏で牛耳るマフィアの一つ、「スティルツァーノ・ファミリー」へのテロ攻撃のみを行ってきた。
スティルツァーノ一家は、その名の通り元を辿ればイタリアンマフィアの出で、今はアメリカのみで活動を起しているが本国イタリアでもその名は響いている。
マフィアらしく己の美学のみを突き通し、手汚い取引にも手を染めるスティルツァーノ一家を伊達は良い思いで見ては居なかったし、係わり合いになりたいと思ったことも無い。
だが、それに対抗する組織となれば別だ。
オメルタは元々アメリカのスラム街で発足した組織らしく、リーダーこそ白人アメリカ人だがメンバーには黒人も居れば、外国人も居るという。
「スティルツァーノ一族に復讐を」と云う大儀名文を掲げテロ行為を行う民衆は、いっそ清々しく伊達は興味を惹かれた。
もちろん、民間人に被害が出ていないわけでは無い。だが、伊達とて長くジャーナリストをしているのだ。多少の悪事程度では己の心は罪悪感に痛みもしない。
それが人で無いと言うのなら、伊達はそれでも構わないとすら思っている。
自分は「人間」で居たくてジャーナリストになったわけでは無い。人間の本質。裏の裏。ドロドロに溶けた底の中に眠る「真実」が知りたくてジャーナリストになったのだ。
真実を見るために、多少の手汚い事など付き物だ。一々気にしている程、もう伊達は弱くはない。
「 Here,You are. (お待たせしました。)」
差し出された脚の長い三角形のグラスの中には、美しいアクアブルーのカクテルが注がれている。
甘口にも関わらず、アルコール度の高いそれは実は伊達の好みではない。だからこそ、これを頼んだのにはわけがあった。
伊達はグラスの脚を手馴れた手つきで持つと、香りを楽しむように軽く揺らす。
その間、隣に座る男の視線が密かに自分に向けられている事を確かめ、伊達は一気にグラスを空けた。
喉を流れる甘い芳香。適度なアルコールが体を熱するが、酔えるほどのものではない。
カタン、と小さな音を立ててグラスをカウンターに戻せば、先ほどからこちらを伺っていた男が小さな声で聞いてくる。
「 How about the taste ? (お味は如何ですか?)」
問われた質問に満足し、伊達は愉しげに頷いた。
「 The worst. (最悪だな。)」
久しぶりに口にする台詞を言い終えると、男はスツールを更に引き寄せ伊達に体を寄せてくる。
陳腐なパフォーマンスだが、これが決まりごとなのだ。
このバーに入り、「ブルーマンデー」を注文し、「味はどうか」という質問に「最悪だ」と返す。これが情報提供者への自分の身分証明となる。
初めてこの話を聞いた時は伊達も阿呆らしいと思ったが、よくよく考えれば、この手段ならば情報提供者も己が信用する人物に関係する者だけに情報を与える事が出来る。
そう考えれば効率の良いシステムなのだろうが・・・・・あの甘ったるい酒を飲むのだけは好きになれない。
伊達は口直しとばかりにウィスキーを注文し、ロックのまま煽る。いきなりの強い刺激に一瞬視界がくらりとぼやけたが、それがまた堪らない。
少し重いグラスをテーブルに置くと、伊達は早速話を切り出した。
もちろん聞き出したかったのはオメルタの事。それもいつ、どこで彼らが出没するかが知りたかった。
最初はスラム街にまで出向いて本部となってそうな場所を手当たり次第に探そうかと思ったが、どうやらその地区はアメリカ内でも治安が悪い場所らしく、下手をすればドラッグ中毒者に撃ち殺されると云う情報を聞いては出向くわけにもいかない。
記者生活をしてそれなりに培った人脈も、畑違いのせいか役に立たず、結局は情報屋に頼るしか道が無くなった。
とは云え、情報屋でも万能では無く、得意な情報 不得意な情報と云うものが存在する。だからこの取引も半ば賭けだったのだが、今日は運がいい。
オメルタの名前を出せば、男は自慢げに頷いた。
「三日後、ラスベガスでパーティーがある。」
「パーティー?一体何のだ?」
「ドン・スティルツァーノ主催のホテルのオープンセレモニーだ。」
「Ah・・・・・,なるほどね」
伊達は見たことが無いが、スティルツァーノはアメリカ内に幾つもホテルを経営しているらしく、今回もラスベガスに新たなホテルを作りでもしたのだろう。
それのオープンセレモニーとなれば、ドン・スティルツァーノは無理だとしても、アンダーボス(組織No.2)の男くらいは出てくるだろう。早々に情報の行き先に検討を着けた伊達は、悪そうな顔で微笑みながら更に情報を引き出す。
「オメルタの動きは?」
「爆薬を買い込んでいるらしいな。出所は不明。使い所も不明。だが・・・・・」
「大抵の目処はついてる、だろ」
「ああ、その通りだ。」
勿体ぶった言い方をするのが男の癖なのか、この情報屋は中々全てを話さない。
だが、その分嘘や妙なごまかしは使わないから楽で良い。伊達は残っていたウィスキーを飲み干すと、懐に仕舞っていた札束を男の手に握らせた。
席を立つ伊達を、男はどこか愉しげな瞳で見ていたが、もう用は無いのだろう。店内の曲が切り替わると同時にまた先ほど同様スツールに浅く腰掛け、チビチビと酒を飲んでいく。
その背中に語る言葉も無く、伊達は店を出ると同時に懐を探り使い慣れた携帯を手にし、こちらも久しぶりに話す相手にコールした。
数回保留の音が鳴っただけで繋がるところを見ると、男はまだ起きていたのだろう。
自分のタイミングの良さに一人小さく微笑みながら伊達は男に用件を告げた。
バーで男と会ってから三日後。伊達はラスベガス内にあるドン・スティルツァーノ主催のパーティー会場の中に居た。
もちろん、伊達自身がこのパーティーに呼ばれるわけが無い。現在の伊達の身分は現大統領属する共和党に席を置く「政治家の息子」となっている。
このご時勢金とツテで買えないものなど無いのだ。正直な話、少し値が張ったがそれでも安くしたほうだと相手に言われてしまえばどうしようもない。
まだ情報収集も序盤の内で出た出費は痛いものだが、この立場なら今後使える事もあるだろう。そんな妙な気の上げ方をしながらも、伊達はパーティーの様子に目を配った。
ホテルのワンフロアを盛大に使ったパーティーは、ラスベガス然とした派手な物で、煌びやかに光るシャンデリアやグラス食器が目に痛い。それにスティルツァーノ一族のシンボルなのだろうか。壁際に掛けられた深紅の布地に金色(こんじき)のライオンのタペストリーにも色んな意味で目が行ってしまう。
伊達も派手好きの部類ではあるが、ここまで来ると悪趣味と甲乙付けがたい。
先ほどセレモニーに顔を出したアンダーボスのレイヴンなどは燕尾の正装も嫌味なほど似合っており、貴族とすら言えそうな風貌をしていた所を見ると、これはドン・スティルツァーノの趣味か。
だとしたら自分とは気が合わなさそうだなどと、妙な感想を呟きそうになった伊達は軽く頭を振りもう一度会場内を見渡す。
元々が招待制のオープンセレモニーのせいか、警備はそれ程厳しくない。入り口であるフロントに二人。スタッフルームであろう入り口にこちらも二人。
あとはボーイとしてフロアに控えている男達10人程度で、後はそれらしい人物も見当たらない。
ふと視線を巡らせればバルコニーへと続く二階のフロアには無用心にも誰も立っておらず、ノーマーク状態。あまり目立つのは面倒だが、どこに情報が転がっているか分からない。
伊達は持ち前の好奇心を抑えることなく、二階へと階段を登った。
二階に上がってみれば、バルコニーの他に奥に通じる細い廊下がある事に気付く。
だが、そちらは照明もついておらず、見るからに何かあると云ったその景色に伊達が食いつかぬはずも無い。
別の身分がある今、VIPとして参加している自分に声が掛かろうと「酔って迷っていた」のだと言えばすぐに解放されるだろうし、何よりこの会場にオメルタの気配が無くて内心苛立っていたのだ。
的が外れたなどと嘆く暇があるなら、いっそスティルツァーノ一家の情報でもいいから何か掴んでしまいたい。
そう思い、その空間に足を踏み入れたのだが、一つ目の角を曲がろうとする段階で伊達の足は止まってしまう。
チラリと伺った角の先に立っていたのは間違いなく先ほど下のフロアに居たボーイ達と違わぬ服装。だが、一つだけ違うところがある。
(――― おっかねぇ・・・・)
男達が肩からぶら提げていたのは、見間違うはずも無いショットガン。
いくら銃刀法が緩く、マフィア主催のパーティーだからと言ってあから様過ぎるその装いに伊達の肝は冷えた。
だが、裏を返せばそれだけ重大な秘密か何かがここにはあるという事なのだろう。それに興味が引かれぬ事も無いが、如何せん自分はスパイなどでは無い、ジャーナリストなのだ。
行き過ぎた好奇心が身を滅ぼすことは知っているし、伊達も銃に素手で立ち向かうほど勇敢ではない。
結局オメルタの事も、スティルツァーノ一家の事に関しても得れた情報は無く、無駄足でホテルに戻らなければならないのだと思うと気が滅入る。
が、後ろ髪を引かれながらフロアに戻ろうと踵を返そうとした瞬間に見た景色に伊達は固まった。
バルコニーに立つ人影。そしてその影が持つ小さな四角い箱。
辺りにはその人影以外の気配は無く、月明かりだけで照らされたバルコニーは何とも形容しがたい気配が漂っている。
シルエットから判断するに男だろうが、男の割りに少し細身で、背は自分よりもほの高い。
男はまだ伊達には気付かぬ様子で、小さな箱を手にしたままバルコニーをうろうろと見分するかのように歩いている。
変な話だが、男の姿が見えているのに伊達にはそれが実態のようには思えなかった。
気配が無い・・・・・と云えばいいのか、どこか幻の様なその男の影にひかれる様に一歩、一歩と男に近づく。
ようやく月明かりに照らされる男の顔が輪郭を現そうとした瞬間、歩み寄る伊達に気付いたのだろう。男は視線を伊達に向け、小さく肩を竦めて見せた。
「あちゃー・・・・・、見られるなんてついてないねぇ。」
「お前・・・・」
「お宅さん、誰?ここのスタッフか何か?」
妙に気軽に尋ねてくる男に、伊達の不安は増していく。
どう考えても男のしている事は表明るい事では無い。なのに、こうして見つかったにも関わらず、その態度はどこか飄々としていて愉しげだ。
見咎められたと云う危機感は無いのか・・・・否、ここまで来たら自分が何か見当違いをしているのでは無いかと云う気にすらさせられる。
だが、自分がジャーナリストとして培ってきた勘に疑いは持っていないし、現に何度もその勘で伊達はスクープなどと言われる物を暴いてきた。
だからこそ、この男にも何かがあるはずなのに、伊達にはそれが言及できずに居る。
雰囲気に飲まれてしまったとでも云うのだろうか。うまく言葉すら出てこない。
「何を持ってやがる」
「これ?さーて、何だろね。」
男はまたもクスクスと楽しげに笑う。
いい加減男の態度に焦れてきた伊達だが、何か言う前にこちらへ向かってきた男に驚き言葉が消えてしまい、肝心の文句は出てこない。
一瞬怯んだ伊達とは逆に、男はさっさと間合いを詰めると種明かしと言わんばかりに四角い箱の蓋を取ってみせる。
良く見ればその箱は鉄製のようで、多少の衝撃では壊れないようになっているらしい。促されるままに箱の中を覗き込めば、目を疑う光景。
資料やテレビなどで見慣れた物と瓜二つの電子ボードに、そこから伸びる複雑に絡み合うカラフルなビニール線。
これは一般の人間が持っているはずの無いもの・・・・―――― 爆弾だった。
「なっ・・・・・」
「シー、俺もさ、これがバレたら上司から拳骨喰らうんだ。静かにしててよ。」
目を見開く伊達を尻目に、男は慣れた仕草で上蓋をもう一度閉じてしまう。
その上、そのまま元の位置に戻ろうとする男を伊達は我知らず呼び止めてしまった。
「お前、それをどうする気だ?」
「・・・・・だから黙ってって言ってるのに。」
しょうがないな、と肩を竦める男の気配には危機感の一つも無い。
まるで玩具の様に、一歩間違えば己の命すら危うくなる箱を バルコニーの手すりに残し伊達の元へと舞い戻る。
伺うように伊達の表情を覗き込む男の顔は悪戯心に満ちた悪童の様に妙な歪みを帯びており、それだけで伊達の背中に悪寒が走る。
恐らく自分の本能が告げているのだろう、この男は危ないと。逃げるべきだと。
だが、何故か伊達の足は動かない。それどころか、覗き込む男の瞳の暗さに魅入られたように、その視線すら外せないのだ。
「ふぅん、スティルツァーノ・ファミリーの手先ってわけじゃ・・・・なさそうだね。」
男はそんな伊達の様子には興味も示さず、己の感想を述べていく。
その言葉にようやく我に返り、逃げ出そうとしても最早遅い。伊達は一瞬で男に肩を掴まれ、グッと引き寄せられるように身を操られる。
抱きすくめられるのかと思ったが、そうでは無い。
鈍い痛みが腹から脳につき抜け、生理的な嘔吐感がこみ上げる。
男の拳が自分の鳩尾に埋められたのだと気付いたのはもっと後。伊達は崩れ落ちるように膝を折り、そのまま意識を手放した。
目が覚めた瞬間、伊達は腹に残る嫌な疼痛(とうつう)に顔を顰めた。
喉もひりつく様に痛むのは先程の嘔吐感のせいだろうか、などとそこまで考え、伊達は思い出したように飛び起きる。
体を包むのは自分が触ったことも無いほど柔らかな羽毛。身を支えるベットはスプリングが利いていて寝心地が良く、幸いにして殴られた腹以外に体で傷む場所は無い。
見渡せば洒落た造りのクロゼットに、伊達一人では広すぎるベット。窓は壁一面をガラス張りにしており、未だ輝くラスベガスのネオンが目に染みる。
どうやらどこかの寝室に居るようだが、肝心の場所が分からない。
自分は男に殴られた所で気を失ったはずだが、何故こんな所に居るのだろう。てっきり目が覚めればその辺りの路地に死体で転がされていると思っていた。
あながち冗談とも笑い飛ばせない話題に、自分の頬が引きつるのを感じるがこのまま大人しく寝ているわけにもいかないだろう。
見たところ持っていた携帯や財布、身分証などは全て没収されているようだが、辛うじて体の拘束はされていない。
窓からの脱出は無理でも、玄関口からどうにか逃げ出せないものか。そんな軽い諦めを持って寝室のドアへと向かうが、ノブを引いても予想通り動きもしない。
完全に閉じ込められたと知って、伊達は深く溜め息をついた。
どう考えても、先ほどバルコニーで出会った男はオメルタの一員なのだろう。
会いたい会いたいと願っていた相手だが、こういう出会いは正直ゴメンだ。腹が痛くて堪らない。
文句を言っても仕方の無いことは分かっているのだが、他に鬱憤を晴らす場所が無い為 伊達はまたも一人 小さな溜め息を吐く。
ジャーナリストをしているからには、調査対象に捕えられる事は少なくは無い。(決して多くも無いが)
特に伊達の場合、世間に後ろ暗いところがある人物の悪事を暴露する記事を書くことも多かったので、記事を渡せと再三脅された事もある。
だから、正直この状況には大して動揺はしていないのだが、何一つ状況が分からない状況だと云うのが嫌だった。
伊達はもう一度ベットに寝転がる気にもなれず、クロゼットの近くにあったチェアに腰掛ける。
妙に手の入った寝室だが、ホテルの一室か何かなのだろうか。オメルタは貧困組織だと聞いていたのに、話が違う。
これだけの一室を人質に提供するくらいなら、活動費用にでも回せばいいのにと、妙な考えまで浮かんだ伊達は強く頭を横に振った。
何にせよ、誰かが現れなければ話にならない。こんな所で悶々と考え込んでいた所で埒は明かないし、思考は妙なところへ進むばかりだ。
伊達は諦めたようにがっくりと全身を倒すと、最後に大きく溜め息を吐いた。
連載中止して、サイトからは下げてしまったのでこちらへ移動しました。
なので未完。あしからず。
久しぶりに踏み込んだ空間は適度に懐かしく、適度に新たな装いを見せていた。
別にここが故郷であるわけでは無いし、変わってしまった所で嘆きはしない。だが、どこか懐かしい空間は昔を思い出させて、伊達は小さく息を吐いた。
伊達が以前ここを訪れたのは5年近く前だ。
職業柄、場所を転々と移す伊達にはただの止まり木であったはずなのに、何故か記憶から消し去れないこのバーは己にとって何なのだろう。
聞き飽きたポピュラーミュージックに、耳につく軋みを鳴らしながらぎこちなく回るプロペラ。
客はカウンターに一人とテーブルにバラけて五人。店の半分も埋まっていないはずなのに、どこか満足げなこのバーにはお似合いな寂れた空気があたりを漂っている。
自分もその世界の一員になるのだと思うと正直苦笑が漏れそうだが、嫌ではない。それどころか、心地よさすら感じる自分の思考の不思議さに呆れながら伊達は客の顔を検分した後、カウンターに座る男の隣に腰掛けた。
「Blue Mondey. 」
"月曜日の憂鬱"と云う名のカクテルを頼めば、隣の男はチラりと伊達を見遣ったが、その意味を知る伊達はそ知らぬ顔でバーテンの振るシェイカーへと視線を移してしまう。
伊達がここ―――アメリカに来たのは、興味のある組織が居たからだ。
見えないとよく揶揄されるが、伊達はフリーのジャーナリストを生業とし、生活費を稼いでいる。
元々メディア関連の職種に就きたいと思っていたわけでは無いのだが、小さいころから自分の見たものしか信じず、気になる情報は己の手で調べていた伊達にはこの業界の水があったのだろう。
善悪問わず、己の興味のある事柄を独特の切り口で解析する伊達の記事は一時メディア界で密かな話題を呼び、当時よりフリーで働いていた伊達には出版社からの専属オファーが後を絶たなかった。
だが、元より組織として群れる事を好まない伊達は一切を断り、相変らず己の書きたいものを適した出版社に売り込むというスタイルを崩さない。
そんな伊達の所に先日舞い込んで来た情報が今回の調査対象。アメリカで密かに話題になっている民間テロ組織――――オメルタだ。
オメルタ。"沈黙の掟"を意味する組織名を名乗るその団体は50人前後の構成員で成っており、小規模の爆破テロ、あるいは強奪、殺人などと言った行為でアメリカに名を響かせつつある。
だが、そんな組織アメリカには腐るほどあるし、オメルタだけが特別なわけでは無い。伊達が何より興味を惹かれたのは、この団体の攻撃対象が限定されているという点だ。
オメルタは民間テロ組織と言っても、「政府」を相手にテロ活動を行っているのではない。その点「テロ集団」と云うには語弊があるのかも知れないが、デモなどと云う生易しい行動を取っていないのだから仕方ない。
彼らが狙うのは常にある組織の影。アメリカを裏で牛耳るマフィアの一つ、「スティルツァーノ・ファミリー」へのテロ攻撃のみを行ってきた。
スティルツァーノ一家は、その名の通り元を辿ればイタリアンマフィアの出で、今はアメリカのみで活動を起しているが本国イタリアでもその名は響いている。
マフィアらしく己の美学のみを突き通し、手汚い取引にも手を染めるスティルツァーノ一家を伊達は良い思いで見ては居なかったし、係わり合いになりたいと思ったことも無い。
だが、それに対抗する組織となれば別だ。
オメルタは元々アメリカのスラム街で発足した組織らしく、リーダーこそ白人アメリカ人だがメンバーには黒人も居れば、外国人も居るという。
「スティルツァーノ一族に復讐を」と云う大儀名文を掲げテロ行為を行う民衆は、いっそ清々しく伊達は興味を惹かれた。
もちろん、民間人に被害が出ていないわけでは無い。だが、伊達とて長くジャーナリストをしているのだ。多少の悪事程度では己の心は罪悪感に痛みもしない。
それが人で無いと言うのなら、伊達はそれでも構わないとすら思っている。
自分は「人間」で居たくてジャーナリストになったわけでは無い。人間の本質。裏の裏。ドロドロに溶けた底の中に眠る「真実」が知りたくてジャーナリストになったのだ。
真実を見るために、多少の手汚い事など付き物だ。一々気にしている程、もう伊達は弱くはない。
「 Here,You are. (お待たせしました。)」
差し出された脚の長い三角形のグラスの中には、美しいアクアブルーのカクテルが注がれている。
甘口にも関わらず、アルコール度の高いそれは実は伊達の好みではない。だからこそ、これを頼んだのにはわけがあった。
伊達はグラスの脚を手馴れた手つきで持つと、香りを楽しむように軽く揺らす。
その間、隣に座る男の視線が密かに自分に向けられている事を確かめ、伊達は一気にグラスを空けた。
喉を流れる甘い芳香。適度なアルコールが体を熱するが、酔えるほどのものではない。
カタン、と小さな音を立ててグラスをカウンターに戻せば、先ほどからこちらを伺っていた男が小さな声で聞いてくる。
「 How about the taste ? (お味は如何ですか?)」
問われた質問に満足し、伊達は愉しげに頷いた。
「 The worst. (最悪だな。)」
久しぶりに口にする台詞を言い終えると、男はスツールを更に引き寄せ伊達に体を寄せてくる。
陳腐なパフォーマンスだが、これが決まりごとなのだ。
このバーに入り、「ブルーマンデー」を注文し、「味はどうか」という質問に「最悪だ」と返す。これが情報提供者への自分の身分証明となる。
初めてこの話を聞いた時は伊達も阿呆らしいと思ったが、よくよく考えれば、この手段ならば情報提供者も己が信用する人物に関係する者だけに情報を与える事が出来る。
そう考えれば効率の良いシステムなのだろうが・・・・・あの甘ったるい酒を飲むのだけは好きになれない。
伊達は口直しとばかりにウィスキーを注文し、ロックのまま煽る。いきなりの強い刺激に一瞬視界がくらりとぼやけたが、それがまた堪らない。
少し重いグラスをテーブルに置くと、伊達は早速話を切り出した。
もちろん聞き出したかったのはオメルタの事。それもいつ、どこで彼らが出没するかが知りたかった。
最初はスラム街にまで出向いて本部となってそうな場所を手当たり次第に探そうかと思ったが、どうやらその地区はアメリカ内でも治安が悪い場所らしく、下手をすればドラッグ中毒者に撃ち殺されると云う情報を聞いては出向くわけにもいかない。
記者生活をしてそれなりに培った人脈も、畑違いのせいか役に立たず、結局は情報屋に頼るしか道が無くなった。
とは云え、情報屋でも万能では無く、得意な情報 不得意な情報と云うものが存在する。だからこの取引も半ば賭けだったのだが、今日は運がいい。
オメルタの名前を出せば、男は自慢げに頷いた。
「三日後、ラスベガスでパーティーがある。」
「パーティー?一体何のだ?」
「ドン・スティルツァーノ主催のホテルのオープンセレモニーだ。」
「Ah・・・・・,なるほどね」
伊達は見たことが無いが、スティルツァーノはアメリカ内に幾つもホテルを経営しているらしく、今回もラスベガスに新たなホテルを作りでもしたのだろう。
それのオープンセレモニーとなれば、ドン・スティルツァーノは無理だとしても、アンダーボス(組織No.2)の男くらいは出てくるだろう。早々に情報の行き先に検討を着けた伊達は、悪そうな顔で微笑みながら更に情報を引き出す。
「オメルタの動きは?」
「爆薬を買い込んでいるらしいな。出所は不明。使い所も不明。だが・・・・・」
「大抵の目処はついてる、だろ」
「ああ、その通りだ。」
勿体ぶった言い方をするのが男の癖なのか、この情報屋は中々全てを話さない。
だが、その分嘘や妙なごまかしは使わないから楽で良い。伊達は残っていたウィスキーを飲み干すと、懐に仕舞っていた札束を男の手に握らせた。
席を立つ伊達を、男はどこか愉しげな瞳で見ていたが、もう用は無いのだろう。店内の曲が切り替わると同時にまた先ほど同様スツールに浅く腰掛け、チビチビと酒を飲んでいく。
その背中に語る言葉も無く、伊達は店を出ると同時に懐を探り使い慣れた携帯を手にし、こちらも久しぶりに話す相手にコールした。
数回保留の音が鳴っただけで繋がるところを見ると、男はまだ起きていたのだろう。
自分のタイミングの良さに一人小さく微笑みながら伊達は男に用件を告げた。
バーで男と会ってから三日後。伊達はラスベガス内にあるドン・スティルツァーノ主催のパーティー会場の中に居た。
もちろん、伊達自身がこのパーティーに呼ばれるわけが無い。現在の伊達の身分は現大統領属する共和党に席を置く「政治家の息子」となっている。
このご時勢金とツテで買えないものなど無いのだ。正直な話、少し値が張ったがそれでも安くしたほうだと相手に言われてしまえばどうしようもない。
まだ情報収集も序盤の内で出た出費は痛いものだが、この立場なら今後使える事もあるだろう。そんな妙な気の上げ方をしながらも、伊達はパーティーの様子に目を配った。
ホテルのワンフロアを盛大に使ったパーティーは、ラスベガス然とした派手な物で、煌びやかに光るシャンデリアやグラス食器が目に痛い。それにスティルツァーノ一族のシンボルなのだろうか。壁際に掛けられた深紅の布地に金色(こんじき)のライオンのタペストリーにも色んな意味で目が行ってしまう。
伊達も派手好きの部類ではあるが、ここまで来ると悪趣味と甲乙付けがたい。
先ほどセレモニーに顔を出したアンダーボスのレイヴンなどは燕尾の正装も嫌味なほど似合っており、貴族とすら言えそうな風貌をしていた所を見ると、これはドン・スティルツァーノの趣味か。
だとしたら自分とは気が合わなさそうだなどと、妙な感想を呟きそうになった伊達は軽く頭を振りもう一度会場内を見渡す。
元々が招待制のオープンセレモニーのせいか、警備はそれ程厳しくない。入り口であるフロントに二人。スタッフルームであろう入り口にこちらも二人。
あとはボーイとしてフロアに控えている男達10人程度で、後はそれらしい人物も見当たらない。
ふと視線を巡らせればバルコニーへと続く二階のフロアには無用心にも誰も立っておらず、ノーマーク状態。あまり目立つのは面倒だが、どこに情報が転がっているか分からない。
伊達は持ち前の好奇心を抑えることなく、二階へと階段を登った。
二階に上がってみれば、バルコニーの他に奥に通じる細い廊下がある事に気付く。
だが、そちらは照明もついておらず、見るからに何かあると云ったその景色に伊達が食いつかぬはずも無い。
別の身分がある今、VIPとして参加している自分に声が掛かろうと「酔って迷っていた」のだと言えばすぐに解放されるだろうし、何よりこの会場にオメルタの気配が無くて内心苛立っていたのだ。
的が外れたなどと嘆く暇があるなら、いっそスティルツァーノ一家の情報でもいいから何か掴んでしまいたい。
そう思い、その空間に足を踏み入れたのだが、一つ目の角を曲がろうとする段階で伊達の足は止まってしまう。
チラリと伺った角の先に立っていたのは間違いなく先ほど下のフロアに居たボーイ達と違わぬ服装。だが、一つだけ違うところがある。
(――― おっかねぇ・・・・)
男達が肩からぶら提げていたのは、見間違うはずも無いショットガン。
いくら銃刀法が緩く、マフィア主催のパーティーだからと言ってあから様過ぎるその装いに伊達の肝は冷えた。
だが、裏を返せばそれだけ重大な秘密か何かがここにはあるという事なのだろう。それに興味が引かれぬ事も無いが、如何せん自分はスパイなどでは無い、ジャーナリストなのだ。
行き過ぎた好奇心が身を滅ぼすことは知っているし、伊達も銃に素手で立ち向かうほど勇敢ではない。
結局オメルタの事も、スティルツァーノ一家の事に関しても得れた情報は無く、無駄足でホテルに戻らなければならないのだと思うと気が滅入る。
が、後ろ髪を引かれながらフロアに戻ろうと踵を返そうとした瞬間に見た景色に伊達は固まった。
バルコニーに立つ人影。そしてその影が持つ小さな四角い箱。
辺りにはその人影以外の気配は無く、月明かりだけで照らされたバルコニーは何とも形容しがたい気配が漂っている。
シルエットから判断するに男だろうが、男の割りに少し細身で、背は自分よりもほの高い。
男はまだ伊達には気付かぬ様子で、小さな箱を手にしたままバルコニーをうろうろと見分するかのように歩いている。
変な話だが、男の姿が見えているのに伊達にはそれが実態のようには思えなかった。
気配が無い・・・・・と云えばいいのか、どこか幻の様なその男の影にひかれる様に一歩、一歩と男に近づく。
ようやく月明かりに照らされる男の顔が輪郭を現そうとした瞬間、歩み寄る伊達に気付いたのだろう。男は視線を伊達に向け、小さく肩を竦めて見せた。
「あちゃー・・・・・、見られるなんてついてないねぇ。」
「お前・・・・」
「お宅さん、誰?ここのスタッフか何か?」
妙に気軽に尋ねてくる男に、伊達の不安は増していく。
どう考えても男のしている事は表明るい事では無い。なのに、こうして見つかったにも関わらず、その態度はどこか飄々としていて愉しげだ。
見咎められたと云う危機感は無いのか・・・・否、ここまで来たら自分が何か見当違いをしているのでは無いかと云う気にすらさせられる。
だが、自分がジャーナリストとして培ってきた勘に疑いは持っていないし、現に何度もその勘で伊達はスクープなどと言われる物を暴いてきた。
だからこそ、この男にも何かがあるはずなのに、伊達にはそれが言及できずに居る。
雰囲気に飲まれてしまったとでも云うのだろうか。うまく言葉すら出てこない。
「何を持ってやがる」
「これ?さーて、何だろね。」
男はまたもクスクスと楽しげに笑う。
いい加減男の態度に焦れてきた伊達だが、何か言う前にこちらへ向かってきた男に驚き言葉が消えてしまい、肝心の文句は出てこない。
一瞬怯んだ伊達とは逆に、男はさっさと間合いを詰めると種明かしと言わんばかりに四角い箱の蓋を取ってみせる。
良く見ればその箱は鉄製のようで、多少の衝撃では壊れないようになっているらしい。促されるままに箱の中を覗き込めば、目を疑う光景。
資料やテレビなどで見慣れた物と瓜二つの電子ボードに、そこから伸びる複雑に絡み合うカラフルなビニール線。
これは一般の人間が持っているはずの無いもの・・・・―――― 爆弾だった。
「なっ・・・・・」
「シー、俺もさ、これがバレたら上司から拳骨喰らうんだ。静かにしててよ。」
目を見開く伊達を尻目に、男は慣れた仕草で上蓋をもう一度閉じてしまう。
その上、そのまま元の位置に戻ろうとする男を伊達は我知らず呼び止めてしまった。
「お前、それをどうする気だ?」
「・・・・・だから黙ってって言ってるのに。」
しょうがないな、と肩を竦める男の気配には危機感の一つも無い。
まるで玩具の様に、一歩間違えば己の命すら危うくなる箱を バルコニーの手すりに残し伊達の元へと舞い戻る。
伺うように伊達の表情を覗き込む男の顔は悪戯心に満ちた悪童の様に妙な歪みを帯びており、それだけで伊達の背中に悪寒が走る。
恐らく自分の本能が告げているのだろう、この男は危ないと。逃げるべきだと。
だが、何故か伊達の足は動かない。それどころか、覗き込む男の瞳の暗さに魅入られたように、その視線すら外せないのだ。
「ふぅん、スティルツァーノ・ファミリーの手先ってわけじゃ・・・・なさそうだね。」
男はそんな伊達の様子には興味も示さず、己の感想を述べていく。
その言葉にようやく我に返り、逃げ出そうとしても最早遅い。伊達は一瞬で男に肩を掴まれ、グッと引き寄せられるように身を操られる。
抱きすくめられるのかと思ったが、そうでは無い。
鈍い痛みが腹から脳につき抜け、生理的な嘔吐感がこみ上げる。
男の拳が自分の鳩尾に埋められたのだと気付いたのはもっと後。伊達は崩れ落ちるように膝を折り、そのまま意識を手放した。
目が覚めた瞬間、伊達は腹に残る嫌な疼痛(とうつう)に顔を顰めた。
喉もひりつく様に痛むのは先程の嘔吐感のせいだろうか、などとそこまで考え、伊達は思い出したように飛び起きる。
体を包むのは自分が触ったことも無いほど柔らかな羽毛。身を支えるベットはスプリングが利いていて寝心地が良く、幸いにして殴られた腹以外に体で傷む場所は無い。
見渡せば洒落た造りのクロゼットに、伊達一人では広すぎるベット。窓は壁一面をガラス張りにしており、未だ輝くラスベガスのネオンが目に染みる。
どうやらどこかの寝室に居るようだが、肝心の場所が分からない。
自分は男に殴られた所で気を失ったはずだが、何故こんな所に居るのだろう。てっきり目が覚めればその辺りの路地に死体で転がされていると思っていた。
あながち冗談とも笑い飛ばせない話題に、自分の頬が引きつるのを感じるがこのまま大人しく寝ているわけにもいかないだろう。
見たところ持っていた携帯や財布、身分証などは全て没収されているようだが、辛うじて体の拘束はされていない。
窓からの脱出は無理でも、玄関口からどうにか逃げ出せないものか。そんな軽い諦めを持って寝室のドアへと向かうが、ノブを引いても予想通り動きもしない。
完全に閉じ込められたと知って、伊達は深く溜め息をついた。
どう考えても、先ほどバルコニーで出会った男はオメルタの一員なのだろう。
会いたい会いたいと願っていた相手だが、こういう出会いは正直ゴメンだ。腹が痛くて堪らない。
文句を言っても仕方の無いことは分かっているのだが、他に鬱憤を晴らす場所が無い為 伊達はまたも一人 小さな溜め息を吐く。
ジャーナリストをしているからには、調査対象に捕えられる事は少なくは無い。(決して多くも無いが)
特に伊達の場合、世間に後ろ暗いところがある人物の悪事を暴露する記事を書くことも多かったので、記事を渡せと再三脅された事もある。
だから、正直この状況には大して動揺はしていないのだが、何一つ状況が分からない状況だと云うのが嫌だった。
伊達はもう一度ベットに寝転がる気にもなれず、クロゼットの近くにあったチェアに腰掛ける。
妙に手の入った寝室だが、ホテルの一室か何かなのだろうか。オメルタは貧困組織だと聞いていたのに、話が違う。
これだけの一室を人質に提供するくらいなら、活動費用にでも回せばいいのにと、妙な考えまで浮かんだ伊達は強く頭を横に振った。
何にせよ、誰かが現れなければ話にならない。こんな所で悶々と考え込んでいた所で埒は明かないし、思考は妙なところへ進むばかりだ。
伊達は諦めたようにがっくりと全身を倒すと、最後に大きく溜め息を吐いた。
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