伊達組組長、伊達政宗の毎日は日々多忙である。
あちらこちらの組に「義理掛けだ」、「顔見せだ」と足を運び、その上伊達組の資金源でもあるフロント会社の幹部連中との打ち合わせにも余念が無い。
『何も組長がそこまでしなくてもいいのでは・・・?』
などと言われたことなど数え切れず。「何事も、自分で見たものを、自分の意思で決定する」という信念のままに生きている政宗の姿には、それなりの尊敬の念も抱く。抱くのだが・・・。
ただでさえ忙しい中に、無理矢理にでも趣味の時間を突っ込もうとする強引さには、小十郎をはじめとした幹部連中の溜め息は止まらない。
仕事の合間に趣味の骨董を競り落としに行ったり、剣道場で汗を流すのが悪いのではない。『仕事の合間を縫わず』趣味に奔走するから悪いのだ。
しかも、大抵の場合一番初めに削られるのは組関連の仕事だったりするのが更に悪い。
政宗はあくまでも伊達組の『顔』なのだ。
上部団体の親分衆に媚を売ることが嫌いな政宗が、これ幸いと逃げ出すのがすでに日常茶飯事となっている今。組長が出席しなければならない場、という暗黙の了解がある場所に、肩身も狭く鎮座している幹部達の身にもなってみてほしい。
その上、当たり前と言えば当たり前だが、政宗が脱走する際に行き先を告げてゆくはずもなく、居場所を探し回るはめになる小十郎の日常は日々忙しくなるばかりだ。
同じような脱走癖を持つ鬼道組の元親に腹を立てた若頭である元就が、「今度逃げ出したら発信機を体に埋め込む」と宣言していたと聞いたのだが、実際に実行されて効果の程は出たのだろうか。
出たのなら是非、こちらでもその手段を試したいと思う小十郎である。
そして、今日も。見事に関連団体との会合をすっぽかしてくれた政宗を探して、夜の新宿に足を踏み入れた小十郎だが、ここであっているのか否か。
―― Blue D ――
煌びやかなネオンが輝く中で、人の目を避けるような落ち着いたシルバープレート。そこに描かれたアルファベットが、この店の名前である。
政宗が抱えている企業舎弟は、土木関係・運送会社が多いが、政宗個人として出資した店はバーやクラブなど夜の店が圧倒的に多い。それも、政宗個人が使用するのを目的とした店が多いため、たいてい逃げ込むのはその内のどれかだったりするのだが、電話を掛けてみたところその全てがハズレに終わった。
他の店に行ったのかと考えもしたのだが、リストアップされた店の中で唯一毛色の変わった店。それがここ『BlueD』だったわけだが、どうにも気になって足を運んできてしまった。
『BlueD』はビルの地下一階に入っている。エレベータを降り、喧騒を遮断するような分厚い扉を抜けてしばらく歩いた先に、上にあったプレートと似た形のものが扉の前に貼られている。そしてこの町ではよく見る、扉横のディスプレイ。
この店がどんな店なのか、一目でわかるようなそれらに眩暈がする。
何故、あの人がこんな店に出資をしたのか・・・。知りたいようで知りたくない。
それよりも、ひとまず中に入らなければ始らない、と。重厚な扉を押し開いた先、小十郎は再び眩暈に襲われることとなる。
「いらっしゃいませ」
夜の町を歩いてきた小十郎には、眩しすぎる笑顔。
そして美しく着飾った男たちに、ほぅっとあちらこちらから漏れ出てくる女達の熱い溜め息。
「ようこそ、クラブ『BlueD』へ」
夜の気だるげな雰囲気は一掃され、楽しげな嬌声と明るい笑い声ばかりが響く空間。ふわりと店に漂うのは、フレグランスにアルコールの香り。
煌びやかなシャンデリアに照らされた黒革張りのソファで楽しげに酒を飲んでいるのは美しく着飾った女、女、―――女たち。
ここはクラブ『BlueD』―――正真正銘、女性をターゲットにしたホストクラブであった。
「・・・・・・」
「お客様?」
お客なんて呼ばないでくれ、頼むから。
そう言いたいのに声が出ない悲しさに、小十郎の眉間にはどんどんと皺が寄っていく。
まさかとは思ってここまで来てみたが、やはりおよそここは男性が入っていけるような空間ではない。己の勘も鈍ったものだと、謝罪を述べて帰ろうとした小十郎の耳に、聞きたかったような聞きたくはなかったような単語が入り込んできた。
「政宗さんから、ドンペリ・ピンク頂きましたぁ!!!」
「「ありがとうございまーす!!!」」
まさむね、マサムネ、政宗。意味するところは一つしかないのだが・・・。
何故こうも当たって欲しくはない勘ばかりが当たるものなのか。小十郎が人生の不条理を嘆いた瞬間である。
「・・・お客様?」
「政宗様のテーブルはどこだ?」
「は・・・?」
「・・・ツレだ、案内しろ」
「はぁ・・・」
苦行に耐える禅僧のような顔をしているのだろうか。
スタッフは少し顔を引き攣らせながらも、逆らわない方が良いと大人しく政宗のテーブルへと小十郎を連れてゆく。
―――さて。どうやって灸を饐えてやろうか。
眩暈と溜め息の連続だった小十郎の意識は、もはやそこに縋るほか無い。
そんなことも露知らず、ようやく見えてきた最奥のボックス席では楽しげな政宗の声が響いていた。
「酒でもフルーツでも、手前らの好きなもん頼んでいいんだぜ?」
「本当ですかっ? じゃあ、俺ドンペリのゴールドが飲みたいなあ」
「おお、いいぜ。ついでに他の客にも奢ってやるか?」
「政宗さん太っ腹ぁ!!」
美人系、可愛い系、ワイルド系・・・などなど。ありとあらゆるタイプの青年に囲まれてにやついている主人というのにも、あまりお目にかかれるものではない。
―――見たい、見たくないは別にして。
この店のオーナーである政宗は、経営に関してはあまり口を出していないようだが、従業員の面接だけには必ず立ち会うようにしていたのは知っている。
だから、この場に居るのは政宗「お墨付き」のホストばかりのはずで。
「やっぱり政宗さんってカッコイイですよねー。俺、憧れちゃいます」
「手前ら俺の素性知ってんだろう? 俺が怖くねえのかよ?」
「怖いなんて!! 政宗さんはすっごく優しいじゃないですかー。俺、本当に政宗さん大っ好きなんですから!」
「流石、口で飯食ってるだけあって、上手ぇもんだな」
「本当ですってばー。政宗さん相手に、お世辞なんて言わないですよ!」
そんな華たちを侍らせて、政宗は至極ご満悦だった。
けれど、そんな姿を確認したからと言って仕事が待ってくれるはずもなく、小十郎の溜飲が下がるわけもない。
殺気立つ気配を無理矢理に押し留めて、政宗がどっかりと座っているソファの背後へと近づいた小十郎は、地獄まで届きそうなほど低い声を絞り出す。
「―――政宗様、」
「・・・・・・」
それだけで、今まで楽しげだった空気が一瞬にして凍りつく。
まさに天国から地獄。
カチン、と固まってしまった政宗はそのままに、小十郎は腹に響く重低音で己の憤りを並べていった。
「先程、応龍会の会長様が事務所の方にいらっしゃいました。なにやら、政宗様とお逢いになるご予定があるのだと仰られていたのですが、残念ながら政宗様はご不在で・・・」
「・・・・・・」
「不肖ながら、私が代わりに鉛球をぶち込んでしまいそうなほど延々と続けられた厭味・・・失礼、お言葉を聞いてまいりましたが。・・・今ここで、一言一句違えることなくお伝えしたほうが宜しいでしょうか?」
「・・・小十郎、」
「ああ、政宗様が気に病む必要はありません。私が勝手にしたことですので、謝罪など・・・とんでもない」
「いや、あのな・・・」
「何か重大な用事がおありになったんですよね? それはもう、私が考え付かないほど、重大なことが」
「・・・・・」
笑顔のまま淡々と慇懃無礼な言葉を並べていく小十郎のオーラに、どんどんと周囲は固まっていく。
その中心に位置する政宗は、もはや氷の刃に傷つけられて血もダクダク・・・と言った感じか、言葉もなく冷や汗ばかり流していた。
「―――単に遊びに出てきただけだっつー理由なら、箱詰めにして応龍会の事務所に送ってやるが・・・。何か言い訳はあんのか、おい?」
「・・・悪かった」
しかも最後の最後には笑顔すら掻き消えた阿修羅のような顔での恫喝である。
たとえ、いつもは己がこき使っている相手とは言え、怖いものは怖い。滅多に怒りを爆発させる事はない小十郎だからこそ、爆発したときの威力には凄まじいものがある。
それを知っていたのは確かだが、まさか今日爆発するとは思わなかった政宗であった。
冗談とも本気ともつかない言葉を吐かれてしまっては、もはや謝るほか道も無い。
「今から帰って仕事は済ますし、猿飛の奴にも俺が直接話を付ける。・・・それで良いだろ?」
「以前から渋っていた、兵頭組との会食の件も了承していただけるのならば、構いません」
「って・・・兵頭組?! 勘弁しろって、それだけはいくらなんでも―――・・・」
「政宗様?」
「・・・」
強過ぎる(こわすぎる)声に、政宗はがっくりとうな垂れながらも了承するように手をひらりと振って見せた。
それをしっかりと見届けて、小十郎は政宗の首根っこを捕まえるようにして、唯一の出入り口である重厚な扉へと向かってゆく。
いつもは清々しさしか感じないその扉が、いまや地獄に繋がっているような気分がするのは、政宗の勝手な妄想か、それとも未来予知の賜物(たまもの)か・・・。
その結果は数秒後にでも明かされるに違いない。
~ エピローグ ~
「小十郎」
「なんです?」
口約束では信用出来ないと、しっかり証文まで誂えられて望んだ兵頭組との会食後。
事務所へと移動する車の中で、突如として口を開いた政宗の機嫌は今や最低と言えるほどどん底である。
「今度から『BlueD』関連の仕事は全部手前が引き受けろ」
「・・・は?」
「毛色が違うからな。今までは俺が足を運んでたが、顔つなぎが出来たんだ、手前でも良いだろう」
「それはそうですが、しかし・・・」
「しかしも、だってもねえよ。俺は誰かさんのせいで忙しいんだ。俺の代わりに、しっかり、店の連中に発破かけてこいよ」
「・・・・・」
もしかしなくとも、今回の会食の仕返し・・・だったりするのだろう。
入っただけでも眩暈を覚えた空間に、これからは定期的に赴かなければならないなんて・・・。
悲痛な顔をした小十郎を横目で確かめた政宗は、少しだけ気分を上昇させたように、唇を歪ませて小さく笑んだ。
あちらこちらの組に「義理掛けだ」、「顔見せだ」と足を運び、その上伊達組の資金源でもあるフロント会社の幹部連中との打ち合わせにも余念が無い。
『何も組長がそこまでしなくてもいいのでは・・・?』
などと言われたことなど数え切れず。「何事も、自分で見たものを、自分の意思で決定する」という信念のままに生きている政宗の姿には、それなりの尊敬の念も抱く。抱くのだが・・・。
ただでさえ忙しい中に、無理矢理にでも趣味の時間を突っ込もうとする強引さには、小十郎をはじめとした幹部連中の溜め息は止まらない。
仕事の合間に趣味の骨董を競り落としに行ったり、剣道場で汗を流すのが悪いのではない。『仕事の合間を縫わず』趣味に奔走するから悪いのだ。
しかも、大抵の場合一番初めに削られるのは組関連の仕事だったりするのが更に悪い。
政宗はあくまでも伊達組の『顔』なのだ。
上部団体の親分衆に媚を売ることが嫌いな政宗が、これ幸いと逃げ出すのがすでに日常茶飯事となっている今。組長が出席しなければならない場、という暗黙の了解がある場所に、肩身も狭く鎮座している幹部達の身にもなってみてほしい。
その上、当たり前と言えば当たり前だが、政宗が脱走する際に行き先を告げてゆくはずもなく、居場所を探し回るはめになる小十郎の日常は日々忙しくなるばかりだ。
同じような脱走癖を持つ鬼道組の元親に腹を立てた若頭である元就が、「今度逃げ出したら発信機を体に埋め込む」と宣言していたと聞いたのだが、実際に実行されて効果の程は出たのだろうか。
出たのなら是非、こちらでもその手段を試したいと思う小十郎である。
そして、今日も。見事に関連団体との会合をすっぽかしてくれた政宗を探して、夜の新宿に足を踏み入れた小十郎だが、ここであっているのか否か。
―― Blue D ――
煌びやかなネオンが輝く中で、人の目を避けるような落ち着いたシルバープレート。そこに描かれたアルファベットが、この店の名前である。
政宗が抱えている企業舎弟は、土木関係・運送会社が多いが、政宗個人として出資した店はバーやクラブなど夜の店が圧倒的に多い。それも、政宗個人が使用するのを目的とした店が多いため、たいてい逃げ込むのはその内のどれかだったりするのだが、電話を掛けてみたところその全てがハズレに終わった。
他の店に行ったのかと考えもしたのだが、リストアップされた店の中で唯一毛色の変わった店。それがここ『BlueD』だったわけだが、どうにも気になって足を運んできてしまった。
『BlueD』はビルの地下一階に入っている。エレベータを降り、喧騒を遮断するような分厚い扉を抜けてしばらく歩いた先に、上にあったプレートと似た形のものが扉の前に貼られている。そしてこの町ではよく見る、扉横のディスプレイ。
この店がどんな店なのか、一目でわかるようなそれらに眩暈がする。
何故、あの人がこんな店に出資をしたのか・・・。知りたいようで知りたくない。
それよりも、ひとまず中に入らなければ始らない、と。重厚な扉を押し開いた先、小十郎は再び眩暈に襲われることとなる。
「いらっしゃいませ」
夜の町を歩いてきた小十郎には、眩しすぎる笑顔。
そして美しく着飾った男たちに、ほぅっとあちらこちらから漏れ出てくる女達の熱い溜め息。
「ようこそ、クラブ『BlueD』へ」
夜の気だるげな雰囲気は一掃され、楽しげな嬌声と明るい笑い声ばかりが響く空間。ふわりと店に漂うのは、フレグランスにアルコールの香り。
煌びやかなシャンデリアに照らされた黒革張りのソファで楽しげに酒を飲んでいるのは美しく着飾った女、女、―――女たち。
ここはクラブ『BlueD』―――正真正銘、女性をターゲットにしたホストクラブであった。
「・・・・・・」
「お客様?」
お客なんて呼ばないでくれ、頼むから。
そう言いたいのに声が出ない悲しさに、小十郎の眉間にはどんどんと皺が寄っていく。
まさかとは思ってここまで来てみたが、やはりおよそここは男性が入っていけるような空間ではない。己の勘も鈍ったものだと、謝罪を述べて帰ろうとした小十郎の耳に、聞きたかったような聞きたくはなかったような単語が入り込んできた。
「政宗さんから、ドンペリ・ピンク頂きましたぁ!!!」
「「ありがとうございまーす!!!」」
まさむね、マサムネ、政宗。意味するところは一つしかないのだが・・・。
何故こうも当たって欲しくはない勘ばかりが当たるものなのか。小十郎が人生の不条理を嘆いた瞬間である。
「・・・お客様?」
「政宗様のテーブルはどこだ?」
「は・・・?」
「・・・ツレだ、案内しろ」
「はぁ・・・」
苦行に耐える禅僧のような顔をしているのだろうか。
スタッフは少し顔を引き攣らせながらも、逆らわない方が良いと大人しく政宗のテーブルへと小十郎を連れてゆく。
―――さて。どうやって灸を饐えてやろうか。
眩暈と溜め息の連続だった小十郎の意識は、もはやそこに縋るほか無い。
そんなことも露知らず、ようやく見えてきた最奥のボックス席では楽しげな政宗の声が響いていた。
「酒でもフルーツでも、手前らの好きなもん頼んでいいんだぜ?」
「本当ですかっ? じゃあ、俺ドンペリのゴールドが飲みたいなあ」
「おお、いいぜ。ついでに他の客にも奢ってやるか?」
「政宗さん太っ腹ぁ!!」
美人系、可愛い系、ワイルド系・・・などなど。ありとあらゆるタイプの青年に囲まれてにやついている主人というのにも、あまりお目にかかれるものではない。
―――見たい、見たくないは別にして。
この店のオーナーである政宗は、経営に関してはあまり口を出していないようだが、従業員の面接だけには必ず立ち会うようにしていたのは知っている。
だから、この場に居るのは政宗「お墨付き」のホストばかりのはずで。
「やっぱり政宗さんってカッコイイですよねー。俺、憧れちゃいます」
「手前ら俺の素性知ってんだろう? 俺が怖くねえのかよ?」
「怖いなんて!! 政宗さんはすっごく優しいじゃないですかー。俺、本当に政宗さん大っ好きなんですから!」
「流石、口で飯食ってるだけあって、上手ぇもんだな」
「本当ですってばー。政宗さん相手に、お世辞なんて言わないですよ!」
そんな華たちを侍らせて、政宗は至極ご満悦だった。
けれど、そんな姿を確認したからと言って仕事が待ってくれるはずもなく、小十郎の溜飲が下がるわけもない。
殺気立つ気配を無理矢理に押し留めて、政宗がどっかりと座っているソファの背後へと近づいた小十郎は、地獄まで届きそうなほど低い声を絞り出す。
「―――政宗様、」
「・・・・・・」
それだけで、今まで楽しげだった空気が一瞬にして凍りつく。
まさに天国から地獄。
カチン、と固まってしまった政宗はそのままに、小十郎は腹に響く重低音で己の憤りを並べていった。
「先程、応龍会の会長様が事務所の方にいらっしゃいました。なにやら、政宗様とお逢いになるご予定があるのだと仰られていたのですが、残念ながら政宗様はご不在で・・・」
「・・・・・・」
「不肖ながら、私が代わりに鉛球をぶち込んでしまいそうなほど延々と続けられた厭味・・・失礼、お言葉を聞いてまいりましたが。・・・今ここで、一言一句違えることなくお伝えしたほうが宜しいでしょうか?」
「・・・小十郎、」
「ああ、政宗様が気に病む必要はありません。私が勝手にしたことですので、謝罪など・・・とんでもない」
「いや、あのな・・・」
「何か重大な用事がおありになったんですよね? それはもう、私が考え付かないほど、重大なことが」
「・・・・・」
笑顔のまま淡々と慇懃無礼な言葉を並べていく小十郎のオーラに、どんどんと周囲は固まっていく。
その中心に位置する政宗は、もはや氷の刃に傷つけられて血もダクダク・・・と言った感じか、言葉もなく冷や汗ばかり流していた。
「―――単に遊びに出てきただけだっつー理由なら、箱詰めにして応龍会の事務所に送ってやるが・・・。何か言い訳はあんのか、おい?」
「・・・悪かった」
しかも最後の最後には笑顔すら掻き消えた阿修羅のような顔での恫喝である。
たとえ、いつもは己がこき使っている相手とは言え、怖いものは怖い。滅多に怒りを爆発させる事はない小十郎だからこそ、爆発したときの威力には凄まじいものがある。
それを知っていたのは確かだが、まさか今日爆発するとは思わなかった政宗であった。
冗談とも本気ともつかない言葉を吐かれてしまっては、もはや謝るほか道も無い。
「今から帰って仕事は済ますし、猿飛の奴にも俺が直接話を付ける。・・・それで良いだろ?」
「以前から渋っていた、兵頭組との会食の件も了承していただけるのならば、構いません」
「って・・・兵頭組?! 勘弁しろって、それだけはいくらなんでも―――・・・」
「政宗様?」
「・・・」
強過ぎる(こわすぎる)声に、政宗はがっくりとうな垂れながらも了承するように手をひらりと振って見せた。
それをしっかりと見届けて、小十郎は政宗の首根っこを捕まえるようにして、唯一の出入り口である重厚な扉へと向かってゆく。
いつもは清々しさしか感じないその扉が、いまや地獄に繋がっているような気分がするのは、政宗の勝手な妄想か、それとも未来予知の賜物(たまもの)か・・・。
その結果は数秒後にでも明かされるに違いない。
~ エピローグ ~
「小十郎」
「なんです?」
口約束では信用出来ないと、しっかり証文まで誂えられて望んだ兵頭組との会食後。
事務所へと移動する車の中で、突如として口を開いた政宗の機嫌は今や最低と言えるほどどん底である。
「今度から『BlueD』関連の仕事は全部手前が引き受けろ」
「・・・は?」
「毛色が違うからな。今までは俺が足を運んでたが、顔つなぎが出来たんだ、手前でも良いだろう」
「それはそうですが、しかし・・・」
「しかしも、だってもねえよ。俺は誰かさんのせいで忙しいんだ。俺の代わりに、しっかり、店の連中に発破かけてこいよ」
「・・・・・」
もしかしなくとも、今回の会食の仕返し・・・だったりするのだろう。
入っただけでも眩暈を覚えた空間に、これからは定期的に赴かなければならないなんて・・・。
悲痛な顔をした小十郎を横目で確かめた政宗は、少しだけ気分を上昇させたように、唇を歪ませて小さく笑んだ。
PR
「何だぁ?この街は」
「あん?」
連れて行け連れて行けと五月蝿いから、こちらも忙しい中わざわざ案内してやったと言うのに、この男ときたら開口一番厭そうに顔を顰めながら散々な言葉を吐いてくれた。
「うるせえ、汚ねえ、まとまりがねえ。三拍子揃ってんじゃねえかよ」
「おめえが連れて行けっつったんだろうが」
「賑やかな街だっつーのを信じてたんだよ。あーくそ、騙されたぜ」
隣でガシガシと艶やかな黒髪を掻き毟っているのは、近々己が率いる鬼道組と兄弟盃を交わす予定の相手―――関東最大の暴力団体である龍志会系列の伊達組当代、伊達政宗だ。
素直と言えば聞こえは良いが、その実は唯我独尊と言えばいいのか何とやら。思ったままを口にするせいで、暴言失言の連続である。
元親自身も、変に表面を飾った腹の探り合いなど面倒なだけで興味はないし、こうやって気の置けない会話をするのもそれなりに楽しい。楽しい、が。
「歌舞伎町だって似たようなもんだろ。こっちばっか貶し(けなし)てんじゃねえよ」
「あぁ?あっちのがマシだマシ。こんな趣味の悪ぃ蟹(かに)の看板なんて歌舞伎町にはねえだろうが」
「蟹の何が悪いってんだよ。おめえだって蟹が好きだっつってただろう?」
「話が違ぇだろって」
見るもの全てにケチをつけていくのは如何なものかと、これ見よがしに溜め息なんて落としてみる。
勿論。その程度で己の行動を戒めるはずも無い政宗だが。
「なぁ、元親。手前よくこんな騒がしいとこ根城にして腐らねえな」
「うっせっつの。俺のシマに文句付けに来たのかよ、おめえは」
「だから言っただろうが、一度見てみたかっただけだって。んなことなら京都でのんびりしてりゃあ良かったぜ・・・」
心底残念そうに呟くものだから、温厚な(あくまで政宗に比べて、だが)元親も流石に血管が切れそうになる。
政宗が言うとおり、今夜この騒々しい街―――道頓堀に来たのは政宗が散々に来たい来たいと訴えてきたせいだ。
事の始まりは三日ほど前。
政宗自身を社長として運営しているフロント会社の関係か何かで、突如大阪に来る事になったから久しぶりに飲もうという連絡があり、異存の無い元親は快諾した。
抱えていた仕事は適当に舎弟連中に任せ(元就にどぎつい厭味を言われたのは痛かったが)、意気揚々とこの日を待って居たのだが、出会い頭、行きつけのクラブへと連れて行こうとしていた元親をしかし、政宗は引き止めた。
―――曰く。
折角、小うるさいお目付け役が居ない今、普段のように堅苦しい場所では無く開放的になって遊びたいと、どこぞのガキの台詞かというような事をのたまわってくれた政宗だが、その顔があまりにキラキラと輝いていたせいで元親も「否」と言う気にはなれなかった。
結果どこか適当に遊べるところを、という話になったのだが、この機会に一度も足を運んだ事が無い道頓堀に行きたいと言い出したのは政宗で。それを引きとめはしないながらも、たいして面白いところでもないと忠告したのは元親で。
けれど、今現在暴言を吐きまくってくれているのは政宗だ。
「だから俺は、つまんねえぞって言ったんだよ」
「まさかここまでとは思って無かったんだよ。なあ、もっとなんか・・・こう、熱くなるようなもんはねえのかよ?」
「そこいらのニイちゃんに喧嘩でも売ってきたらどうだぁ?関西はよぉ、舌鋒戦が堪んねえぜ」
悪い顔でくつくつと笑えば、政宗はあから様に眉を顰める。
東も西も、柄の悪さに大きな違いは無いだろうが、関西の絡み方は普通ではない。
辺りに唾を撒き散らすかのような大ボリュームでの罵り合いは、傍観者に徹しているならそれなりに見物だ。―――喋っている言葉が理解できたなら、だが。
「俺にとっては外国語を聞いてるようなもんだぜ。何喋ってんだよ、あいつら」
「関西弁、だろ?」
「手前さんも喋れるクチなのか?」
「いや?意味は何となく理解できっけど、喋るのは無理だな」
それも本場の人間のように早口でまくし立てるなど無理も無理だ。絶対に舌を噛む。
「んにしても喧嘩してる奴らが多いよなぁ」
「あー、お国柄ってヤツじゃねえの?」
「国かよ、ここは」
人情に厚い街というのは、転じて絡まれ易い街でもあると元親は思う。
善意であり悪意であり、この街ではそこかしこから飛んでくる。店の呼び込みしかり、濡れ衣に近い難癖しかり、だ。
とは言え、元親はこの街が嫌いじゃない。
騒々しいし、汚いし、人は多いし、文句を付ければキリが無いが、それでも毎夜人々の寂しさを紛らわせるかのように鬱陶しいほど煌くこの街が好きだった。
だからこそ、胸を張ってこう言える。
「おう、俺の国だぜ?」
「―――いいやがったな、手前」
一瞬驚いたかのように目を瞠った政宗を尻目に、元親は今宵も輝く不夜城の如き街を視る。
酔っ払いに、柄の悪そうな人間に、露出度の高い女達。転がるゴミに、品の無い看板、張り上げられる勧誘の声。
本当にろくなものが無い。―――けれど、ここが自分の国だ。
声を大にして言えないようなことを毎日繰り広げているろくでもない自分には、きっと似合いの国だろう。
「なら、他国の人間もちゃーんと接待してくれや、チカ殿下?」
「んだよ、チカ殿下って・・・」
「天道会っていうパパが居るんだから殿下だろうが」
「だったらおめえもムネ殿下って呼んでやろうか」
「・・・・・」
心底厭そうな顔をした政宗を見て、元親は盛大に笑いを零す。
綺麗ではないが、汚れきってはいないそんな街。
お上品な気配など欠片も持っていないからこそ、見苦しいほどの執念深さできっと生き残っていくのだろう、強い街。
そんな街を背負っている幸福を噛み締めながら、元親は政宗と共に世の闇へと消えていった。
「あん?」
連れて行け連れて行けと五月蝿いから、こちらも忙しい中わざわざ案内してやったと言うのに、この男ときたら開口一番厭そうに顔を顰めながら散々な言葉を吐いてくれた。
「うるせえ、汚ねえ、まとまりがねえ。三拍子揃ってんじゃねえかよ」
「おめえが連れて行けっつったんだろうが」
「賑やかな街だっつーのを信じてたんだよ。あーくそ、騙されたぜ」
隣でガシガシと艶やかな黒髪を掻き毟っているのは、近々己が率いる鬼道組と兄弟盃を交わす予定の相手―――関東最大の暴力団体である龍志会系列の伊達組当代、伊達政宗だ。
素直と言えば聞こえは良いが、その実は唯我独尊と言えばいいのか何とやら。思ったままを口にするせいで、暴言失言の連続である。
元親自身も、変に表面を飾った腹の探り合いなど面倒なだけで興味はないし、こうやって気の置けない会話をするのもそれなりに楽しい。楽しい、が。
「歌舞伎町だって似たようなもんだろ。こっちばっか貶し(けなし)てんじゃねえよ」
「あぁ?あっちのがマシだマシ。こんな趣味の悪ぃ蟹(かに)の看板なんて歌舞伎町にはねえだろうが」
「蟹の何が悪いってんだよ。おめえだって蟹が好きだっつってただろう?」
「話が違ぇだろって」
見るもの全てにケチをつけていくのは如何なものかと、これ見よがしに溜め息なんて落としてみる。
勿論。その程度で己の行動を戒めるはずも無い政宗だが。
「なぁ、元親。手前よくこんな騒がしいとこ根城にして腐らねえな」
「うっせっつの。俺のシマに文句付けに来たのかよ、おめえは」
「だから言っただろうが、一度見てみたかっただけだって。んなことなら京都でのんびりしてりゃあ良かったぜ・・・」
心底残念そうに呟くものだから、温厚な(あくまで政宗に比べて、だが)元親も流石に血管が切れそうになる。
政宗が言うとおり、今夜この騒々しい街―――道頓堀に来たのは政宗が散々に来たい来たいと訴えてきたせいだ。
事の始まりは三日ほど前。
政宗自身を社長として運営しているフロント会社の関係か何かで、突如大阪に来る事になったから久しぶりに飲もうという連絡があり、異存の無い元親は快諾した。
抱えていた仕事は適当に舎弟連中に任せ(元就にどぎつい厭味を言われたのは痛かったが)、意気揚々とこの日を待って居たのだが、出会い頭、行きつけのクラブへと連れて行こうとしていた元親をしかし、政宗は引き止めた。
―――曰く。
折角、小うるさいお目付け役が居ない今、普段のように堅苦しい場所では無く開放的になって遊びたいと、どこぞのガキの台詞かというような事をのたまわってくれた政宗だが、その顔があまりにキラキラと輝いていたせいで元親も「否」と言う気にはなれなかった。
結果どこか適当に遊べるところを、という話になったのだが、この機会に一度も足を運んだ事が無い道頓堀に行きたいと言い出したのは政宗で。それを引きとめはしないながらも、たいして面白いところでもないと忠告したのは元親で。
けれど、今現在暴言を吐きまくってくれているのは政宗だ。
「だから俺は、つまんねえぞって言ったんだよ」
「まさかここまでとは思って無かったんだよ。なあ、もっとなんか・・・こう、熱くなるようなもんはねえのかよ?」
「そこいらのニイちゃんに喧嘩でも売ってきたらどうだぁ?関西はよぉ、舌鋒戦が堪んねえぜ」
悪い顔でくつくつと笑えば、政宗はあから様に眉を顰める。
東も西も、柄の悪さに大きな違いは無いだろうが、関西の絡み方は普通ではない。
辺りに唾を撒き散らすかのような大ボリュームでの罵り合いは、傍観者に徹しているならそれなりに見物だ。―――喋っている言葉が理解できたなら、だが。
「俺にとっては外国語を聞いてるようなもんだぜ。何喋ってんだよ、あいつら」
「関西弁、だろ?」
「手前さんも喋れるクチなのか?」
「いや?意味は何となく理解できっけど、喋るのは無理だな」
それも本場の人間のように早口でまくし立てるなど無理も無理だ。絶対に舌を噛む。
「んにしても喧嘩してる奴らが多いよなぁ」
「あー、お国柄ってヤツじゃねえの?」
「国かよ、ここは」
人情に厚い街というのは、転じて絡まれ易い街でもあると元親は思う。
善意であり悪意であり、この街ではそこかしこから飛んでくる。店の呼び込みしかり、濡れ衣に近い難癖しかり、だ。
とは言え、元親はこの街が嫌いじゃない。
騒々しいし、汚いし、人は多いし、文句を付ければキリが無いが、それでも毎夜人々の寂しさを紛らわせるかのように鬱陶しいほど煌くこの街が好きだった。
だからこそ、胸を張ってこう言える。
「おう、俺の国だぜ?」
「―――いいやがったな、手前」
一瞬驚いたかのように目を瞠った政宗を尻目に、元親は今宵も輝く不夜城の如き街を視る。
酔っ払いに、柄の悪そうな人間に、露出度の高い女達。転がるゴミに、品の無い看板、張り上げられる勧誘の声。
本当にろくなものが無い。―――けれど、ここが自分の国だ。
声を大にして言えないようなことを毎日繰り広げているろくでもない自分には、きっと似合いの国だろう。
「なら、他国の人間もちゃーんと接待してくれや、チカ殿下?」
「んだよ、チカ殿下って・・・」
「天道会っていうパパが居るんだから殿下だろうが」
「だったらおめえもムネ殿下って呼んでやろうか」
「・・・・・」
心底厭そうな顔をした政宗を見て、元親は盛大に笑いを零す。
綺麗ではないが、汚れきってはいないそんな街。
お上品な気配など欠片も持っていないからこそ、見苦しいほどの執念深さできっと生き残っていくのだろう、強い街。
そんな街を背負っている幸福を噛み締めながら、元親は政宗と共に世の闇へと消えていった。
【BASARA小説倉庫】
ttp://mayutama.2-d.jp/xxx/n-b-top.htm
サイトから削除したSS倉庫(というより、前ノベルページ)です。
そこから各部屋にリンクが貼ってあるので、過去のSSで見たいものがあればこちらでどうぞ。
※ちなみに、このページに新作はリンクしていきませんので、ご了承ください。
ttp://mayutama.2-d.jp/xxx/n-b-top.htm
サイトから削除したSS倉庫(というより、前ノベルページ)です。
そこから各部屋にリンクが貼ってあるので、過去のSSで見たいものがあればこちらでどうぞ。
※ちなみに、このページに新作はリンクしていきませんので、ご了承ください。